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ここ最近、ボーダー隊員の間で名前さんは2つの意味で話題に上ることが多い。ひとつめは、名前さんが喫煙所にいないからなかなか捕まらないという話。真面目な名前さんは、あれからしっかり煙草を絶っているそうだ。そしてふたつめ。名前さんが、目に見えてイライラしているらしい。


「…………」


大学からそのまま本部にやって来たらしい名前さんを見かけ、声を掛けようと後を追う。防衛任務でタイミングが合わなくて、会うのは一週間ぶりくらいだ。名前さんは自販機でコーヒーを買って、隣に設置してあるベンチに腰を下ろした。うわー、すげえイライラしてる。これは声掛けにくいだろうな。


「名前さん」
「ん、あぁ、出水か」
「話題になってますよ」
「なにが?」
「喫煙所にいないのと、機嫌が悪いのが」


一瞬間をおいて、名前さんが居心地の悪そうに「あー…」と間延びした声を出す。心当たりでもあるのだろうか。わざわざ聞くのもどうかと思い、コーヒーに口を付けた名前さんの言葉を待った。


「やっぱり分かる?」
「結構」
「あー」
「眉間にしわ寄ってるし」


指摘すると、名前さんは自分の眉間辺りを指で押さえながら「いつからだ…」と独り言のように呟いた。無意識だったらしい。本部に入ったきた時にはすでに、俺がそう言うと隣からあからさまな溜め息が聞こえた。大学で名前さんを見掛けたらしい太刀川さんが、俺に喧嘩でもしたのかと聞いてくる程度には。


「煙草やめて一週間くらい経ったんだけど」
「あぁ、イライラするって言いますね」
「…そう見えるってことは、そういうことだよな」
「まぁそういうことですね。でも一週間が山場なんじゃないすか?」
「そうなんだけどー…なんかこう、手持ち無沙汰というか、口寂しいというか」


名前さんは手の中にある缶コーヒーをカツカツカツと爪で叩いている。これも無意識だろうか。手持ち無沙汰と口寂しい、その言葉で思い出した。学ランのポケットを漁って取り出した棒付き飴を名前さんに差し出す。クラスの女子に貰ったはいいが、食べずにポケットに突っ込んでおいたやつ。これで色々と紛れたりしないだろうか。


「なるほど、飴か」
「名前さん、甘いもの好きでしょ」
「ん、だいすき」


この人は。俺が渡した棒付き飴のやけに堅い包装を嬉しそうに開く名前さんはとても可愛い。いちご味ってのが、余計に。その様子を黙って見ていると、名前さんが飴を口の中にいれながら俺を見てきた。煙草をくわえてるように見えなくも、ないか。


「あ、」
「なんすか?」
「口寂しさ、出水が解消してよ」
「は?」


どういうことですか、俺が聞く前に名前さんは自分の唇を人差し指と中指の二本で触りながらにこりと笑う。いや、にこりじゃない、にやりだ。


「は、はあ!?」
「ダメなの?俺、虫歯になっちゃうかも」
「…あーもう、名前さん可愛い」
「そんなに頭抱えんなよ」
「だって、つまり、キスしてってことでしょ」
「よく分かってんな」
「……ちょっとそんな、普通に恥ずかしい」
「童貞」
「余計なことを…ここは“ちゅーして”くらい言ってください」


すると何の戸惑いもなく名前さんは「ちゅーして、出水」と言ってのけた。昔からそうだけど、この人は随分と肝が座っている。少し前に廊下で城戸司令になにか文句を言っていたのを覚えている。確か、喫煙所が狭いだの暗いだの。それから数日後に、今のガラス張りの喫煙所ができた。それを太刀川さんと遠巻きに見ながら「名前さんすげえな」っていう話をした記憶がある。


「ダメならそれでいいんだけど」
「…っしますよ、それくらいできますし!」
「言ったな」
「あっ!」


にんまりと笑う名前さんに、しまったと思う。体をこちら向けて、ねだるように俺を見る。


「人が来るぞー」
「黙ってください…したらいいんでしょ、したら」
「うん」
「……目、瞑ってくださいよ」


観念したように顔を近づけ、軽くキスをする。すぐさま離れようとすれば後頭部に手を回して、再び唇を重ねられる。ちょ、ちょっと!唇で唇をこじ開けて上顎を舌でなぞられると、身体がぞわりと粟立った。名前さんの胸辺りをトントンと叩く。仕方ないなといったふうに離れる名前さんだが、最後にもう一度、軽く触れるだけのキスをされる。


「ちょ、ちょっと、名前さん!」
「ごめんごめん、我慢できなくて」
「感情がこもってなさすぎでしょ!」
「口寂しさは解消された」
「あーもう!!!」


誰にも見られてないから大丈夫と笑う名前さんだが、そういう問題じゃない。いちごの風味と何度か味わった苦味を感じ……苦味?


「名前さん、煙草吸ったでしょ」
「…吸ってない」
「バレバレなんすけど」
「…ニコチンは足りないし、出水と一週間も会ってないし、どうしようもなくなって」


ばつが悪そうに、人差し指で頬を掻く名前さん。ダメじゃないですか、などとありきたりな返答をすると、そうだよなぁと一応しっかりと反省してるであろう言葉が聞こえた。もう少し頑張りましょう、俺はそう言いながら、最近隊員たちの間で囁かれている名前さんのイライラの原因に、少なからず自分が関与していたという優越感に浸るのだった。


150514
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