clap | ナノ






(出水と禁煙)


肌寒さを感じて目が覚めた。まだ頭の半分はふわふわと微睡んでいる中で、枕元にあった携帯で現時刻を確認すれば、朝の9時。あいにく今日は日曜日だ。四肢の体温が下がっている中で、背中だけはなんとも形容しがたい温もりを感じる。首だけを捻るようにして後ろを見やれば、明るい髪色をした頭の先だけが視界に入った。俺の背中にぴたりとくっついたまま眠っているのは、かわいい恋人だったようだ。この状態でベットから出る気が起きるはずなく、とりあえず体を反転させた。

「……ん、…?」
「出水、おはよ」
「…………ます…」
「まだ寝てていいよ、寒いし」

そう言って丸くなる彼の身体に腕を回すと、出水は肩をびくりと震わせた。そうか、俺の手足が冷たいのか。一瞬どうしたんだろうと思ったけれど、納得。

「つめたい……」
「でも俺はあたたかい」
「………うお、ちょっと!それはだめでしょ!」
「ぬくーい」
「ぬくーいじゃなくて…!」

トレーナーの裾から片手を突っ込んでみるといよいよ本格的に焦り始めた出水が面白い。先程の寝ぼけ眼が嘘のように、完全に目が覚めたであろう出水は機敏な動きで上半身を起こして両手で自分の体をさすっている。

「そんな、俺が乱暴したみたいなのやめろよ」
「乱暴された……!!」
「失敬な」
「……あ!そういえば」

何かを思い出したのか、出水はベッドから出て行った。湯たんぽが無くなってしまった。少し残念に思いながらもリビングに向かえば、出水が寝癖をぴょこぴょこと跳ねさせながら近寄ってくる。その寝癖をなでてみても、次の瞬間には重力に逆らって元通りになった。

「……ねえ、」
「うん?」
「冷蔵庫の、あれ、なんですか」
「あれ?」
「…箱とか、いっぱい」
「あぁ」

昨日大学に行った時に、バレンタインデーだからとあれこれ渡された。そういえば、それをまとめて冷蔵庫に突っ込んでおいたんだった。

「ふーん」
「はは、全部義理だって」
「……分かんないじゃないですか」
「そう言われてしまえば、分かんないけどさ。お前が不安に思う要素なんてなに一つないよ」
「……毎年こうなの?」
「まぁ、だいたい」
「だいたい…」
「じゃあ来年からは“可愛い恋人が妬くから”って言って断ることにするよ」

ボーダーでは断れないと思うけど。「ホワイトデーは期待してますよ、ハッピーバレンタイン」が常套句なところがいっそ清々しい。また頭を悩ませる季節が来るのかと思うとため息が出そうになる。出水も学校やボーダーの女の子に貰ってるんだろうな、と思って出水の顔を見てみれば、どことなく嬉しそうに口を噤んでいた。

「それはどういう表情?」
「……断らせるのも迷惑かなって思うけど、おれ、すごく嬉しい」
「…………」
「あと、あとですね、来年って言葉も嬉しい、です」
「……お前ほんとさぁ」
「はい?」
「いちいち可愛いのやめろ」

満足そうに口角を上げた出水の頭をぐしゃぐしゃとかき撫でる。そういえば、なんでこの話になったんだっけ。

「おれもバレンタインのチョコ用意したんすよ」
「え、ほんと?」
「昨日こそっと冷蔵庫に入れたんで、他のプレゼントには気付かなかったんすけど」
「手作り?」
「流石に手作りは出来なかったんで、既製品なんですけど。絶対好きそうなやつ…ザッハトルテでしたっけ」
「さすが、よく分かってる」
「手作りの方がいいなら、来年から頑張ってはみますけど…」
「いや、出水から貰えるなら俺はなんでも嬉しいよ」

そう言って笑えば、出水も嬉しそうに頷いた。ケーキを食べる前に、顔を洗って朝ごはんにしよう。にやつかないように意識しながら、出水の手を引いて洗面所に向かう。20年以上生きてきて、ホワイトデーのお返しを考えるのが楽しみになったのは初めてだ。バレンタインも悪くない。出水の寝癖は相変わらずぴょこぴょこと揺れていた。


・・・
拍手ありがとうございます!ハッピーバレンタイン!彼は濃厚で舌に残るような甘いお菓子が好きそうです。返信不要は文末に×をお願いします!






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -