睦あい/リゾット
もし自分がジェラートだったらとっくに溶けていただろう。
そう思いつつ歩くテラコッタの道には、ただ陽射しが照りつけていた。鮮やかな木々が揺れることは無い。
いつもなら風の無さにうんざりしているのだが、今日は訳が違う。
美容院から帰る途中である。
髪がすっきりすると人間こうも晴れやかな気持ちになるものなのか。
目立つ日傘を片手に歓喜でいっぱいの胸を持て余し、脚は跳ねるようにアジトへの帰路を歩いている。
アジトの入っている建物の、涼しげなんだか暑いんだか分からない灰色が目の前に現れる。
周りに人目が無いことを確認して重たいドアを通り抜け、昼間にしては暗いアジトを見渡す。
外とはうってかわってひんやりとした室内にはリゾットが1人、虚空を見つめソファーに座っている。
「ただいま」
声をかけて日傘を畳む。
任務から帰ってきていたのなら、化粧を直してから帰ってくれば良かった。
そう思っても時間は戻らず、彼の眼がこちらに向いた。
「……あぁ、髪か。道理で違う」
少しの間顔を見つめたリゾットの手は私をソファーへ招いていた。それに従ってテーブルにバッグを放って隣に座る。
「美容院行ってきたの」
そう言うと彼が突然、私の方へ手を寄せた。
その手は私の首筋へ添えられ、そのまま後頭部を撫で上げられる。
「こんなに刈り上げたのか」
「っくすぐったい」
悪い、と呟いて彼の手は遠ざかる。
「この間ピアスくれたでしょ?あれ、ショートカットの方が映えると思って」
任務の終わりに選んでくれた、大ぶりな金輪のピアス。このピアスが髪を切った最大の理由であった。
「そうだな、着けて見せてくれ」
それを聞き届けらバッグの中からアクセサリーケースを手繰り寄せる。
例のピアスのフックを耳にぶら下げ彼に、笑みかけた。
「どう?」
「似合う……」
そう発して私が返事をする間も無く、唇が重ねられる。彼は言葉よりも行動の方が雄弁なのだ。
ついばむようなキスが終わって体温が離れていく。リゾットの唇には桃色がくっきりと残っていた。
「やだ、口紅が」
ハンカチで拭い取ると、その口元は端を釣り上げ笑う。
「鈴からはしてくれないのか」
「ふふふ、また口紅を返さなくちゃあならないの?」
他人には中身が無いととられてしまうような、このやり取りが幸せでたまらない。
すぐ後ろの鏡イルーゾォが居た事を、この時の私は知らなかった。
2020.07.29
2020.08.03一部修正
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