「ありがとう、今日は楽しかった」
 「うん、こちらこそ」
 杉元くんは優しい。
 2人で並んで駅までの道を歩く。夏でもこの時間になれば、空には深い色が広がっている。昼間の刺すような暑さは身を顰めたものの、アスファルトに溜まった熱が空気をあたためている。
 「相談に乗ってくれてありがとうね。杉元くんのお陰でがんばれそう」
 「それなら良かった」
 杉元くんは職場の同僚で、良い関係を築けていると思う。わたしが苦手な上司や取引先に絡まれたりしていると、間に入ってくれるし、こうして愚痴や相談にも乗ってくれる。
 杉元くんは気付いているだろうか。
 わたしがこうして2人で時間を共にする異性は貴方だけだって。業務中に話し声が聞こえるとつい耳を傾けてしまう。杉元くんが似合ってるって言ってくれたから、わたしはずっとこの髪色なんだよ。
 杉元くんの事を考えると思考がごちゃごちゃとして、仕事だったり、すきなドラマだったり、手元の本だったりから離れていってしまう。これでは駄目なのはわかっているのだ。

 君は知っているだろうか。
 あのクソ上司も取引先もやんわりひた態度に良い気になっている事を。それに俺が苛ついている事を。君が俺に弱音を吐いてくれるのが嬉しい、俺だけならいいのに。「杉元くんはやさしいね」なんて言うから、俺は君に強気に出れない。君の甘い声がすきだ。俺だけのものになれば良いのに。
 君が視界に入ると思わず追ってしまう。あからさま、なんてこの前同僚にも注意されてしまった。君がだれといるのか、だれを想ってるのか、悲しい思いをしていないか、いつも気が気でないのだ。
 駅前には笹が飾ってあった。知ってしまったのだ、願うだけでは叶わない。

 「あのさ、まだ、帰したくないんだけど、」
 7月7日の夜の事だ。


越えて


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