些事
せっかくの金曜日なのにわたしは残業である。
おまけに雨まで降ってきてしまって気持ちは落ち込むばかりだ。目をしぱしぱさせながらエクセルと睨めっこをしている。残業は憂鬱だが、乗り気でなかった飲みを断れたので良しとしよう。
「春日さん、本当に来ないんですか?」
「わたしはいいよ。週明けまでの入力頼まれてしまったし、」
同期の彼女はさも残念そうに眉を下げていた。彼女には申し訳ないが、しばらく出会いはいいかなぁと思っている。
今日は少し残業してお仕事頑張ったので、飲酒を許可する。残業といっても1時間ほどで済んだ。今週は色々あったし飲みたい気分なのだ。
電車はまだ混んでいるが朝ほどの密度もなく、人とそこそこの距離を保つことができた。
おつまみと缶チューハイ、家に作り置きのおかずがあったはずだ。いつものエコバッグにチューハイを入れてもらった。
雨の中仕事鞄とエコバッグを持って傘をさすの不格好だったがまぁ仕方ない。雨粒は大きくないようで、花柄の傘をやさしく叩く。
「こんばんは!お疲れ様です」
わたしは少しぎこちなく振り向いた。
「この時間に珍しいですね。持ちますよ」
こんばんは、と返せばいつもの笑みを向けてくる。今週は色々あったの、色々の相手に会うなんて今日はとことんついてないらしい。
「いいえ、今日はそんなに買い込んでないので大丈夫」
「でも春日さん傘持ちにくそうですよ。俺、リュックなので」
また荷物を奪われる。
「春日さん、晩酌ですか?」
「そんなところですねぇ」
なんとなく大和さんの方を見て話せない。いや傘をさしてるから顔もなにも見えないのだけど。
「春日さん、お酒すきなんですか?」
「人並みには、」
「へぇ」
大和さんは少し考えているようだった。
「一緒に飲みませんか?」
「え、いや」
「実家から仕送りが届いたんですけど、1人じゃとても消化しきれなくって」
「学校のお友だちとか、」
「実家鹿児島なんですけど、焼酎とか」
「焼酎!」
「お酒のアテも来てて、どうです」
なんて素敵な誘惑なのだろうか。
人並みとは言ったが、アルコール、大好きである。
しかし、自分に好意を伝えてきた異性に対してなにも警戒しないのもどうかと思う。一緒に飲むって、これはどちらかの部屋で共にあるということだ。
「雨、上がりましたね」
「あ、本当」
「雲が薄いから、月も見えそうですよ」
薄いグレーの下から月明かりが漏れ出していてきれいだ。
雲を見る限り、今日はもう降らなそうである。
「春日さん、ベランダで飲みましょう。それなら俺は貴方に手を出せませんし、お話はできるでしょう。そうしましょう」
「えっ」
「決まりですね。美味しい酒、期待していてください」