良き日に

 5月の青い風が気持ち良い。
 今日は天気も良いし、やっと花粉も落ち着いてきたし、通勤は座れたし、音楽アプリはシャッフルでテンションの上がる曲を流してくれたし良い日だ。
 夕、夜はまだ少しだけ冷えるけれど、先月に比べればあたたかだし、来月の今頃は湿気に悩まされている事を考えると益々今日日の過ごしやすさに感謝してしまう。

 駅からアパートまでの道はおだやか登り坂がある。今日は水曜日で野菜の特売だったので定時に上がって買い込んでしまった。いくら気候が良くても重たいものは重たい。

 「お疲れ様です」

 爽やかさを孕んだ声に振り向く。

 「お疲れ様です。学校帰りですか?」
 「はい。春日さんはお仕事…、スーパーに寄られたんですか」
 「はい、お野菜が安かったので買い込んでしまって、ちょっと恥ずかしいですね」
 「持ちますよ」

 ひょい、とあっという間にエコバッグを拐われてしまった。
 「悪いですよ。重いですし、返してください」
 「ならなおさら持ちますよ。俺の方が力ありますよ?気にしないで」
 大和さんは否定できない笑顔を見せてくる。
 わたしはこの笑顔に弱いのだ。

 大和猛さん。アパートのお隣さんの大学生だ。なにかスポーツをやっているようでよく朝早くから走り込んでいる事を知っている。1年近くお隣さんをしているが、最近お話をするようになった。
 5月の爽やかさに負けず、爽やかという言葉を擬人化したような笑顔を浮かべる。今のようにちょっと強引な面があるけれど、善意しか感じられず気の良い青年のようだ。

 「春日さん」

 大和さんの長身に似合ったデニムとカジュアルなトップスにわたしのポップなイチゴ柄のエコバッグが浮いていて少し面白い。
 「先日いただいたきんぴら、とても美味しかったです。ぜひまた食べたいくらい」
 「わー!ありがとう。ふふ、自信作だったので嬉しいです。後でタッパーを取りに伺いますね」
 「いや、玄関に用意してるので帰宅時に渡しますね」
 できる子だ…!
 「本当にあなたの作る料理は美味しい、それこそ毎日食べたいくらいだ」
 「大和さん、褒めすぎですよ」
 「春日さん…!あなたのそれは才能ですよ。誇って良い」
 なんか褒められすぎて不安になってきた。
 ちょっとお惣菜を分けただけなのだ。おしゃれでもなんでもない、普通のきんぴらを、映えないタッパーで、だ。手料理に飢えすぎているだけかな…。
 「春日さん、ぜひまた俺に食べさせてください」
 彼が立ち止まり気づく、2人で歩くと帰り道はこんなにも短いのか。
 いつも気怠く歩くゆるやかな坂道はいつの間にか終わっていたのだ。
 305号室の鍵を開ける大和さんを待つ。
 背の高い大和さんがアパートのドアを潜るのはなんだか不思議な感じがした。彼にこの部屋は窮屈そうに見える。
 「ありがとうございました。ごちそうさまでした」
 「お粗末さまです。ピカピカに洗ってくださってありがとう」
 受け取ろうとするその手をつかまれる。
 「大和さん?」
 「春日さん、俺の事好きになってください。いや、すきになりますよ」
 「は?」
 大和さんはあの爽やかな笑顔で続ける。
 「春日さん、俺と交際しましょう。貴方は絶対俺のことをすきになるので」
 目眩がする。




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