尾形百之助
ただのセフレが起きる前に髪の毛を優しく撫でていてくれた話が書きたかった。
昨夜は非常に無意味で充実した夜だった。同期と安い居酒屋で彼のタバコの煙を浴びながら、アルコールで溶けていった。家の近い彼の家にベタベタしながらついていき、がっつくように唇を貪られた。もう、ふやけてしまうような時間だった。舐められ、撫ぜられ、甘噛みされ、蹂躙されたときには膝から力が抜けて尾形にもたれかかったのを覚えている。そのままベッドに縺れ込み、わたしの肌に吸い付いてきた。ふやけたわたしをとろとろに溶かされて、散々喘ぎ、シーツに溺れていったのは覚えている。
わたしの髪を低い体温が滑る。
まぶたの向こうは少し明るんでいる気がする。何時なのだろうか。2人、どろどろのまま寝落ちしてしまったのだろう。あんなに夢中になっていたのだ、メイクもしたままで、大惨事になっている気がして怖い。
尾形の部屋に尾形以外いるはずがない。
では、このぬるい感覚は尾形なのか。
いつもなら、わたしが起きる前に尾形はシャワーを浴びて、だらだらタバコをベランダで吸っていたりするのだ。
なんだ、この状況。
起きていいのか、ダメなのか。
散々喘がされたから喉が渇いているし、はやくシャワーも浴びたい。今日は今週公開だった映画にも行きたいと思っていたのだ。新しい靴を下ろして休日を満喫する予定である。
薄く目を開けば、尾形の胸板が見える。
「誰にでもやったらダメだよ、こういうの」
「、」
視線を上げれば少し驚いた様な顔をして、そのあと眉間にシワを入れ目を逸らされた。カサつく喉を潤したくて、のろのろと起き上がる。下着はどこへいったのだろう。部屋の時計を見れば、わたしがこの部屋で起きる時間より1時間近く早かった。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「シャワー借りていい」
「ああ」
なぜか視線を合わせにくくて、そのまま逃げる様に脱衣所に向かった。ねぇ、尾形、今どんな顔してるの。
置きっぱなしにしているクレンジングと歯ブラシを鏡面収納から取り出す。尾形の歯磨き粉はわたしの使っているものより刺激が強くて目が覚める。
家主より先にシャワー浴びるのも、どうなんだろう。メンズのシャンプーはスースーしてたまに使うと気持ち良い。湯を被っているのに気づけばどんどん尾形のにおいになっていくのが少しおもしろく感じた。
「シャワー、ありがとう。お先しました」
ドライヤーまで終えて戻れば尾形はベランダでタバコを吸っていた。コーヒーを入れて隣にいく。
尾形は何を思ったのかわたしの頭を右手で雑に抱き寄せた。今日の尾形はよくわからない。タバコは消していた様で、反対の手でカップを拐われる。
「帰るのか」
「うん。帰るよ」
よくわからないまま、彼の胸に向かって話す。今日はぜんぜん顔を見せてくれない。
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