没 | ナノ

尾形百之助


現パロ/尾形がドルオタです。ダメそうだったら、読まないでください。なんでも許せる方のみ。


 あの子のメンバーカラーが白で良かったと、これほど思った日はなかった。
 闇の中で一身にスポットライトを浴びて、純白に輝く。煌く。
 俺は何を目撃しているのだろう。


 3年間勤めた会社を辞めた。
 毎日の残業。家と会社を往復するだけの日々。この時間の電車には疲れた思いが乗っている。疲弊した心は些細な事で苛立つし、そんな現実から逃れるように皆一様にスマートフォンに目を向けていた。
 帰宅をすれば薄暗いだけの部屋が待っている。20代半ばを過ぎ、いつしか趣味も新しいことへの興味も失ってしまった。
 コンビニで買った弁当を電子レンジに入れる。その間にシャワーを浴びるのだが、多少冷めてしまう。食えれば問題ない。
 無音が嫌でテレビをつけた。

 「では今日は、お料理に挑戦します!」
 
 1人の女が切られた鮟鱇の身を湯引きしていく。白いエプロンをしていた。後にピンクと水色もいるが、特に手を出さないようだ。
 「あん肝は蒸し器に入れます!15分ほど蒸したのがこちらです」
 調理は手際良く進み、少し不格好だが、最後に鮟鱇鍋が出来上がった。
 「鮟鱇捌く練習してたよね?」
 「今回は使わなかったので、練習動画をSNSにあげますね。頑張ったので、絶対見てください」
 出演者はうまいうまいと褒めながら番組は終了した。
 俺はぬるい弁当を食べながら茨城を思い出した。

 次の週も似たような時間に帰宅すると、あの番組が始まっていた。制服のような衣装で3人が並んで座っている。MCの芸人に話を振られそれに返していく。
 「今回でゲスト終わりで寂しいです」
 「来週のグループのマイちゃんと仲良くさせてもらってます」
 「最後に今週発売の新曲、聴いてください」
 彼女達の番組ではなく、毎月違うアイドルを呼んで企画を行なっているようだった。
 衣装を着替えた3人がトライアングル状に並ぶ。薄暗いスタジオにスポットライトが光る。先日のエプロンと同じく色分けされており、白い衣装を身に纏った女は向かって左で笑顔を振りまいている。髪と長いスカートの裾を靡かせえ踊る様は鍋を作っている姿とはまるで別人だった。
 最後に3人並んでポーズを取る。
 「買ってくださいねー!」「よろしくお願いします」「ありがとうございました」なんて手を振りながら番組は終わった。
 これが俺と推しとの出会いである。

 曲のダウンロードをし聴いているうちに白い女の声を覚えた。耳障りの良い声だ。後にネットで慈しみに溢れた歌声、と書き込んであるのを見つけ、これが慈しみというのかと天を仰いだ。
 例の曲以前にもリリースされていた曲をしばらくして買った。彼女の声を聴いていると憂鬱な平日も乗り切ることができた。もっぱら淡い恋をテーマにした曲が多いのだが、所謂B面では応援ソングを歌ったり、ファンのしあわせを祈っていたりと意外とバラエティに富んでいて飽きない。喧しいのは嫌いだが、あの女の声はなぜかすっと体に入っていく。今思えば疲れた社畜にアイドルは効きすぎるのだ。
 曲を覚えればグループを覚える。グループを覚えればメンバーを覚える。彼女達のSNSをフォローするまで番組を見て2週間も掛からなかった。じわじわと、急速にあの慈愛に満ちた女は俺の生活になくてはならないものになった。

|
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -