一紀と水族館

夢主=主人公。卒業後。

 水族館特有のひんやりとした空気に外の気候を忘れる。じめじめとしたいやな湿度も、鬱陶しくなるような気温も遮断されている。薄暗い館内をゆっくりとふたりで歩く。学生は夏休みに入ったというのに、平日だからだろうか、人は少ない。
 僕自身より小さな手を繋ぐ。初めて手を触れた時と比べれば随分と緊張しなくなった。やわらかな手に触れると、ここが自分の居場所だと再認識できるから良い。今日も顔を合わせて、自然と指先が絡み合ったことが嬉しくて、先輩にバレないように少しだけ顔を緩めた。

「サーフィン、見たいな」
「じゃあ、海に行こう」
「うん。サーフィンをしている一紀くん。見てるのが好きなんだ」
 そんな電話をしたのが先週の事だ。テストなりなんなりと生活を圧迫された僕たちがやっと顔を合わせる。たったの数週間なのにこんなに焦がれてしまうなんて、今までの僕は知らなかった。

「サーフィン、見たい」なんて嬉しいことを言ってくれたのに生憎の雨模様。ちょっと落ち込んだし、空を睨んだ。去年まではアルバイトが終わるとふたりで海に向かったものだ。波に乗る日も、眺めるだけの日もあった。最後は決まって、やわらかなオレンジが水面に溶け合うのを眺めながら話をした。なんでもないことも、どこか確信めいたことも、色々な話をした。人、ひとり分空いていた空間はいつの間にかこぶしふたつ分ほどにまで近づいていった。
 僕たちにとって、海はやっぱり特別だった。
「わたしも夏休みだから、また次見に行かせて」
 電話口の先輩は僕と同じように残念そうな声をしていた。隠しきれない灰色の声に、ああ楽しみにしてくれていたんだなと嬉しくなった。そんな一言で切り替えられてしまう僕は随分と単純になったなぁと思う。

 先輩が好きなものを見ている表情が好きだ。感情が素直なひとだから、一緒にいて喜んでくれている。楽しんでいる。そうわかるのが嬉しい。他人の感情をこうも理解したいと思うようになるなんて。

 水槽を眺めながら瞳をきらきらとひからせる。
 青い光が先輩の柔らかな頬に映っている。ゆらゆらと静かに頬を滑る様がきれいだった。先輩に気づかれないようにそっと、でもしっかりと盗み見る。あの海で僕を見る瞳はどんな色をしているのだろうか。




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