GOLDBLEND(門倉)

現パロ、離婚してます。

「久しぶりね」
「ああ、久しぶり」
 冷たい風がアスファルトを撫ぜる。テレビCMはタイヤ交換を勧め、街角は煌びやかに彩られる。そんな季節だ。
 冷たい金属音のドアチャイムを鳴らし、外より幾分もあたたかい喫茶店へ入った。普段ひとりでは、いや職場連中とだって来ないような小綺麗な店を選択したのは彼女だった。白い漆喰、吊るされたいくつものドライフラワー、知らない名前の紅茶、ここに自身がいるのは違和感があった。クリスマスソングが流れる中、店内を見渡すと彼女の姿があった。俺の知らないスーツを着て紅茶を飲んでいる。

「仕事で久しぶりにこっちに来てたの。そしたら、貴方の職場が近かったから」
 彼女はそう言ってメニュー表を差し出した。缶コーヒーより幾分も高いそれらから、無難なものを選んで頼んだ。
 最後に会ってから、いったいどれくらいの月日が経っただろうか。別れてから顔を合わせた回数なんて数えられるほどだ。彼女からこの日に会えないか、なんて電話が来た日にはたいそう驚いた。
 妙な緊張から視線を彷徨わせ、なんとなく彼女の指先を見る。あんなに隣にいたっていうのに変な感じだ。なんなんだろうな。彼女の爪は秋らしく彩られていた。当たり前だが、彼女の左手には銀色のそれは無い。俺と揃いだったものも。それから、新しい何かが鎮座していないことにどこか安心したと同時に、それでいて彼女は今後どうしていくのかと自身が口に出すべきでない疑問が胃の腑に渦巻く。
 間も無くしてコーヒーが運ばれてきた。
 ゆるやかに白い湯気は天井へ向かって霧散する。
 彼女の姿にこんなに品の良い奴だっただろうか、と思う。
 昔は汚い居酒屋にだってふたりで行ったのが嘘のようだ。壁にセロハンテープで何度もメニューが貼られた跡がある、そういう店だって行った。そうして思い出すとずっと彼女の笑みは品が良かったことに気がつく。記憶の中の彼女は白い瞼を柔らかくして笑むのだ。それから、食べ方もきれいだった。元々、こういう場所がよく似合う質なのだ。
 しばらく大したことのない近況の報告をした。おそらく、本題ではない。

「これをね、返そうと思って」
 そう言ったのは、彼女のティーカップの底が薄ら見えてきた頃だ。もう液体はすっかり室温に冷えている。
 小さな紙袋を彼女は取り出した。元は菓子でも入っていたのであろうそれを受け取ると中は軽かった。
「これ」
「それ、貴方のでしょう。わたしのに紛れてて、返すタイミングをね、探してた」
 彼女はどこか興味も無さそうに視線をカップに移した。中に入っていたのは1枚のCDだった。男性ソングライターがモノクロ写真の中コーヒーカップを持って笑っている。随分と前の曲のような気がするし、最近のような気もする。
「それ、もう20年も前なのよ」
「そんなに経ったのか」
「それかけてドライブなんてしてたわね」
「懐かしいな」
 20年も前、そんなにか。数字にしてみると彼女との付き合いは本当に長いものだと感じる。結婚する前のデートでよくかけていた。
「わたし、一曲目が好きだったの」
 そう言って彼女はカップの残りを呷った。上手いとはいえない運転でも彼女は文句も言わなかった。夏の暑い日も豪雨に降られた日もあった。グローブボックスに仕舞いっぱなしのCDたちは大体いつも同じラインナップでそこから適当に彼女がピックアップして流していた。その中の1枚だ。一曲目は確か伸びやかにこれからの道を歌った曲だったような気がする。
「おかげでこのひとを見るとドライブを思い出すわ」
「そうか」
 夏の帰省で渋滞にハマった時に彼女はオーディオと一緒にそれを口ずさんでいたのを思い出した。
 そんなこと、今まで忘れていたのにこんなもの返されてしまったらこっちが思い出してしまうだろう。
 CD1枚なんて、捨ててしまっても良かったのだ。ここにこうして返しに来たのは、おそらく彼女なりのケジメなのだろう。
「わたしね、実家の方に戻ることにしたの」
「そうか」
「おかしいわね。もうとっくに他人なのに、別れる決断をしたのはわたし自身なのに、一言ちゃんと会わないといけない気がしたから」
 彼女はそういう時小さく息を吐いた。それは何か切り替える時の彼女の癖だった。よく知っている。

「じゃあ、それだけ」
 彼女は立ち上がる。トレンチコートを羽織る彼女に声をかけた。
「なぁ」
「なぁに」
 別に募る話を今更する仲でもない。心地よい時間はもう、何年も前に終わってしまったのだ。それでも、こうして彼女は会うことを選んだ。
 俺たちには会話を伸ばす理由も、この時間を引き伸ばす理由も何もない。
「じゃあ、元気でやれよ」
 そうひとことかけるくらいのわがままはきっと許されるだろう。




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