僕を許さないで(斎藤)

 キスのひとつやふたつ、セックスの1回や2回。と割り切れれば良いんだが、そこまでわたしは器用ではない。触れ合う分だけ彼にそういう意味の情が移っていくのがわかっていた。
 良くは、無い。わかっているのだ。彼はわたしのサーヴァントで、それだけなのだ。
 斎藤一。わたしは斎藤さんと呼んでいる。なぜかあの最初爆発とレイシフトの中で生き残ったわたしは、命からがら彼を召喚していた。わたしの最優。わたしの英霊。わたしの唯一だ。
「すごい状況で呼ばれちゃったねぇ」
 なんて軽口を叩きながら、あの冬木の地も、終末も一緒に走ってきた。

「マスターちゃんさぁ、最近眠れてる?」
 思えばそれが始まりだった。沢山の英霊を召喚する彼ではなく、わたしの前に現れた唯一はするりと懐に入ってしまった。
 ドクターがいる頃は思い出さなかったのに、もしかしたらもうすぐあのひとに会えるかもしれない、なんて思ってしまったのがいけない。そんな希望は、星と一緒に白紙化されてしまった。また、空虚な感情を得る。あの激動を超えて、やっと会えるはずだった愛しきひとはどこへ行ってしまったのだろう。
 眠れぬ理由を話すのは、なんだか気恥ずかしかった。だって、きっとこの船の誰もが抱いている感情で、誰もが乗り越える感情なのだ。
 だから、言えないまま彼はわたしの隣にいてくれた。
「がんばりすぎんなよ」「肩の力抜きな」そう言ってわたしの背を叩く。寄りかかるのに都合の良い大きな背中に、甘えるように頬を押し付けた。
 手酷く彼がそうすることはなかった。甘やかすように与えられる刺激に涙を流す夜はそろそろ片手が埋まるほどだ。関係の変化なんて、纏う雰囲気や魔力の状態でバレてしまっているだろう。この狭い世界でそんな詮索をされるのは疲れるなと思っていたけれど、それを指摘するような下世話なものはいなかった。
 わたしが零す涙に、彼はたまに苦しそうな顔をする。そんな顔をして欲しいわけではない。わたしは斎藤さんを利用しているのだ。どこか、わたしたちはすれ違っているのかもしれない。
 シーツに包まれて脱力していると、つ、と彼が唇を突き出したのがわかった。そんなことは初めてだった。疑問を呈する前に触れるだけのそれが与えられる。
「なんで?」
「んー、ご褒美かなぁ」
「そっか」
 何に対してとか、どうしてとか、いろんな疑問が溶けていく。もうずっと疲れていたわたしのからだは泥のような眠りに落ちていく。隣であの食えない声がおやすみと言った。

 健やかに胸を上下させる彼女は何も言わない。白い肌には行為のにおいと俺の魔力が残っている。
 甘えるような表情、それを埋めようとしてもその瞳はどこか空虚だった。枯れた井戸でも覗いているような気になる。ただ、彼女への感情は自身のコントロールできる範囲を超えてしまった。本当にどうしようもない。通常の召喚より、うんと長い期間を死線を共にしたからだろうか。
 こんな不安定な存在なら、忘れさせてやるなんて格好つけることもできない。令呪を大切そうに撫でる姿に、一緒に逃げてしまおうなんて誘うこともできなかった。




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