わたしは雨(ウツシ)
ひとりで夜を過ごすようになったのは、別に最近のことではない。十代後半には、この部屋でひとりの夜を超えていたのだ。その生活にこうしてアルコールを含むようになったのはここ数年のことだ。
小さな灯りが酒器の水面に反射して揺らぐ様をぼうっと眺める。明日は火竜の討伐だ。早く眠った方が良い。
毎日毎日、砂埃を浴びて、泥を被り、川に突っ込むような生活をしている。大小さまざまな傷が、わたしのからだを彩っている。
彼も、ウツシ教官もそうだった。
記憶にある彼のからだには、狩猟に向き合った年月に見合うだけの傷が残っていた。日に焼け、摩擦で硬くなった皮膚。それから、目元に目立つその傷。大きく走るケロイドに触れたのは、まだ純粋に彼を師として接していた頃の事だ。
痛くないのか。彼にそう問えば、今はもう大丈夫だと返した。
「ただ、たまに少し痒いことはあるかな」
先日ヌシに付けられた傷が、わたしの腹に真っ直ぐ走っている。時折むずむずと内側から主張するそれは、薄い皮膚が少し盛り上がっている。
「ウツシは死んだ」
そう里長に告げられたのはもう三月も前だった。本人は任務から帰って来ず、オトモたちだけが帰還してたのだ。
また守られた。守れなかったと打ちひしがれる二匹に心臓をぎゅうと締め付けられた。
未だに、集会所に行けば「愛弟子!」と手を振ってくれるような気がする。修練場に篭れば「なにか悩んでいるのかい?」と肩を叩いてくれるような気がする。お団子を食べているときに「隣良いかな」なんて椅子が引かれるような気がする。オトモ広場へ翔蟲の巣を見に行けば「大事にしているね」と後ろから声をかけられるような気がする。
貴方を失っても、狩猟の日々は続きます。狩りをしている限り、貴方の影がチラつくのに、わたしは他の生き方を知りません。
似た背丈の男がいました。でも、貴方のような大らかさはありませんでした。
俊敏に双剣で舞う男がいました。でも、貴方のように笑顔は多くありませんでした。
溌剌とわたしに手を振る男がいました。貴方のようにわたしのことを褒めてはくれませんでした。
結局、貴方を探してしまう自分が嫌になります。誰も彼も貴方ではないのに。貴方のぬくもりは、もうどこにも無いのに。
わたしは集会所に戻ったらいちばんに迎えてくれる貴方の声がすきでした。
「わたしはいつだって貴方のもとに帰りたいのに」
そう呟く声は、夜の静けさに霧散していくようだった。本当は、貴方の後を追ってしまいたい。貴方のいない事実がのしかかるたびに、耳を塞いで目を固く閉じてしゃがみこんでしまいたくなる。得物を自身に向けてしまいたくなる。でも、きっとそれは許されないことだから、貴方は絶対に怒るし失望させてしまうから、無理矢理立ち上がる。そうやって日々をこなしても、夜になるとどうにも駄目で、静けさの中から寂しさがわたしを誘ってくる。こうしてアルコールに逃げたところで、また貴方がいない明日が来てしまうのに……。溺れるように、浴びるようにしないと、もう、わたしは眠れなくなってしまった。
「どこに行けば良いんですか」
こんなに、惨めに夜を過ごしてるなんて、彼は思いもしないのだろう。
もっと話がしたかった。もっと教えて欲しかった。ありがとうすら言わせてくれない。好きだって、本当は伝えてしまいたかった。
この恋慕は、わたしが墓まで大事に持っていくのでしょう。わかっているんです。わたしを雁字搦めにして動けなくさせているのは、自分自身だって。
忘れられない理由ばかり数えてしまう。