よいに触れれば(ウツシ)

 それは多分お酒を飲んで気持ち良くなっていたせいだし、ずっと欲しかった宝玉を剥ぎ取ることができたせいだし、コミツちゃんたちのかわいいやり取りを見ていたせいだし、今日ご一緒したハンターが来月祝言だと言っていたせいである。良く晴れていたせいだし、ゴコクさまが美味しいお酒をくれたせいだし、ここでいつも通りの寝息を漏らすこのひとのせいだ。
 心臓が激しく主張する。古龍を目の前にしたときとは違う緊張感と興奮。ああ、どうしようと、わたしはひとり狼狽えていた。

「最近はどうだい?困っていることなんかはないかい?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
 やさしい教官は、今でもわたしを気にかけてくれる。他愛もない話をしながら、わたしも彼もお酒をからだに収めていった。
「教官、お疲れですか?」
 夜も深まった頃、珍しくウツシ教官は瞼を重そうに下げて、うつらうつらと船を漕いでいた。頬がほんのり赤く染まっている。カムラの里の人間は酒が好きだ。強い人間も多く、彼も例外ではない。わたしはこの、とろりとしたウツシ教官を初めて見た。百竜夜行の後の調査など、彼の抱える仕事は多い。少しでもわたしが力になれたら、楽をさせられたら、なんて思ってしまうがそうもいかないのだ。疲労が溜まっていたらしい教官はしばらくすると、壁に寄りかかり完全に入眠してしまったようだった。
 どうしたものかと思ったが、疲れているなら寝かせたほうが良いという思考に着地した。急ぎの用事があるようならそもそも飲酒などしないだろうし、彼の布団を敷いて教官を転がすことにした。起こしてしまうのも忍びなくて、なるべく近くに敷いたそこにゆっくりと彼を横たえようとした。その時のことだ。

 それはなんだか、久しぶりに聞いた気がする。教官の唇が緩慢に動き、わたしの名を呼んだ。いつもの元気に声をかけてくれる、愛弟子!という呼び方ではなく、わたしの名を呼んだ。起きているのかと思ったが、寝言らしい。たしかにわたしは彼の一番弟子であるし、彼がわたしを良く気にかけてくれている事はわかっている。ただ、彼がわたしの名を呼んだ、それだけで枯らした気でいた感情に水を与えられたような気がした。どうもそれは、枯れ切っていなかったようでわたしの中で主張する。
 教官を横たえて、薄手の毛布をかけた。
 ため息ひとつ吐くと教官の口もとが目に入った。飲食をしていたこともあって、普段は隠された口もとが無防備に晒されている。さっきまで何ともなかったのに、もう、気になって仕方がなかった。
 教官はすこかやに肺を動かし、寝息を吐いている。相変わらず、しっかり寝入っているらしい。彼の息遣いがやけに耳にこびりつき、わたしの血流が早まったような気がした。この血潮も、心臓もきっと、お酒のせいではない。
 わたしより幾分か薄くて、かさついたそれに、気づけば自身のものを重ねていた。少ししっとりとして、あたたかい。ウツシ教官の体温を、呼気を感じた。
 馬乗りになって口付けられているなんて、教官もまさか思ってもいないだろう。わたしはゆっくりと腰を引き立ち上がった。
 ああ、どうしよう。
 顔が燃えるように熱い。目の奥が重い。色づいた感情も、知ってしまった感触も、わたしは持て余してしまう。



 年頃の娘は顔を赤くしたり青くしたり、ゴシャハギのように顔色を変えながら足早に去っていった。しっかりと片付けと洗い物を済ませて行ったわけだから大したものである。
 さて、村の諜報を任されるこの男。弟子とはいえ、唇に触れられて本当に寝入ったままなのだろうか。
「そろそろ頃合いかな」
 男、ウツシは瞼を開き起き上がる。灯りも消された室内で頭をかいた。かわいいかわいい俺の愛弟子と飲酒をして、眠りこけてみたらどう出るだろうという興味があった。興味、であり、確認でもあった。大きな武器を振るい、モンスターと命のやり取りをする彼女。屈強なハンターたちに混ざり、荒野を走り抜ける彼女も年頃の娘である。なにか悩みはないか。俺に言えないことはないか。抱え込んでいるような節はないか。そう思って酒に誘った。
 困っていることを問えば、大丈夫だと言う。溜め込む性格だとは思っていない。彼女は素直な気持ちの良い性格だ。ただ、心配をかけないように、なんて思うことはあるだろう。彼女の前で狸寝入りをしてみて、重たいため息でも吐けばそれについて問おうと思っていたのだ。
 
 やわらかで甘美なその感覚を思い出してそこに触れる。触れるだけ、なんて、きっと何も知らないのであろう。
 もう、距離を詰めても良いのか。
 なんせ、10年もずっと待っていたのだ。彼女がその気なら、俺が離す理由などない。
 あんなに恐る恐る触れなくても、君だけはいくらでも俺に触れて良い。鎧に隠されたお互いのからだに触れ合って、体温を溶かし合ったって良い。彼女だけであり、俺だけである。そう教え込んだって構わないだろう。
 明日は、きっと朝から落ち着かないであろう彼女の顔を見るのを楽しみにしよう。視線が合わない彼女に、寝てしまってごめんね。何かあった?と問いかけるのも良いかもしれない。表情がころころと変わる様はきっと、とてもかわいい。
 彼女の事を瞼の裏に浮かべながら、ウツシは今度こそ浅い眠りに落ちて行った。たしかな、静かな寝息だけが部屋にあった。彼の、その口もとは、やわらかな弧を描いている。




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