サイチさんの執着

裏垢女子と杉元(転生記憶あり)
色々倫理的でない内容です。自己責任で読んでください。
『転生前の記憶あり現パロ。杉元は夢主への強い執着』1周年のリクエストありがとうございました!ブログに返信です。



「はじめまして、サイチさん」
「こんにちは」
 春らしいカラーの彼女は駅前で彼を見つけて声をかけた。袖にまったりとボリュームを持たせたブラウス、淡いベージュのレースのキャミワンピースを纏った彼女に彼はごくりと生唾を飲んだ。5月の日差しをすこし眩しそうに浴びる。白い肌はどこかきらきらとしている。桜色の潤んだ唇。上向きのまつ毛。瞳には沢山の星を飼っている。そのどれもが目の前にあることが、彼はどうしようもなく嬉しかった。
「じゃあ、行こうか」
 杉元そう言うと、どこか緊張した面持ちの彼女はこくんと頷く。大きなゴツゴツとした手のひらは、遠慮がちに彼女の白い手を掴んだ。

「直接会って話さない?」

 そう彼女にメッセージを送ったのは、彼が初めてではなかった。しかし、彼女は初めてそのメッセージに応えた。やりとりが優しかったからか、なんとなくなのか、どうしてかは彼女自身もよくわかっていなかった。
 実際、今手を取っている彼はどんな人だろう。写真通りの爽やかな青年だ。大学生である彼女よりいくつか年上だろう。今からどこへ連れて行かれるのだろう。そんな不安を孕んで一緒に歩いた。
「ここのパフェが食べてみたくて」
 連れてこられたのはフルーツパーラーだった。一等地に在る店は普段彼女が友人らと行くカフェより高級感があり、メニューも少しばかり高かった。
「未だに、男だけで入るのって目立つからさ。君がいてくれて助かったよ」
 杉元はそう言って目元を緩ませる。選んで選んで、とメニュー表を広げれば色とりどりのフルーツの写真が並んでいる。時間をかけて、やっと選んだ。
「甘いもの、好きだったよね?」
「はい、大好きです」
「ふふ、良かった」
 声をかけてきたのが、応じたのか彼で良かったと漠然と思った。やっぱり不安だったのだ。会ったことのない相手に会うのは。それから、2人は他愛のない話をした。途中で運ばれてきたパフェはキラキラと宝石のようだった。見ただけで甘さがわかるような色合い、弾けんばかりの瑞々しさ。美味しいパフェに気楽な話で緊張は解れていった。
「今日はこれで解散です」
「えっ」
「残念だった?」
「えっと」
 えっちすると思って来ていた。なんて、自ら言えるわけもなかった。それをわかっているかのように杉元は笑みを浮かべて、彼女の髪を撫でた。
「だって、初めてだろう。もっと仲良くならないと、緊張して気持ち良いどころじゃなくなっちゃうからね」
 そういうものなのか。
「だからね、他の男に着いて行ったら駄目だからね。そんなことしたら酷くしちゃうかも」
 少し、低くなった声にどきりとした。こくこくと頷くと杉元は満足気な顔をした。
「大丈夫。今日、手を出さなかったし、大事にするよ」

 大人しく、自己主張が苦手な彼女にも承認欲求というものはあった。人に見られたい。わたしを見てほしい。認められたい。そんな、誰でも持っている感情が燻っていた。ただ、大人しく生きてきた彼女はそれを健全な方法で発散することができなかった。なんとなく、わたしを見て、とひけらかす事がみっともなく感じていたし、前述した通り自己主張が苦手だったのだ。
 始まりは、1枚の写真だった。
「大学生、処女です。寂しくて初めてみました」
 短いスカートと足が写っているだけの画像。最初はそんなものだった。

 2人は数度、ご飯を食べに行ったり、映画を観に行ったりと一緒に時を過ごした。気づけば、手を取るのだって緊張しない距離になっていた。前回の帰り際に、そろそろ良い?なんて杉元が聞いたものだから今日は緊張した面持ちで彼女は待ち合わせ場所にいた。ミントグリーンのカーディガンが良く似合っている。
 小綺麗なホテルに入る。安っぽい、古臭い、ぎらりと煩いようなラブホテルを想像していた彼女は驚いた。白を基調とした清潔感がある部屋。想像していたよりよっぽど息がしやすい。
 ただ、2人きりの密室というものは初めてだった。先にシャワーを浴びて、杉元を待つ。水音が耳について落ち着かない。

 浴室を出た彼は当たり前だが体をしっとりとさせていた。バスローブ越しに逞しい体が見えて目の毒だ。ベッドの淵に座る彼女の横に腰掛ける。彼女の髪を、耳にかけた。
「俺が、君を大事にするから。ね。辞めようよ。あのアカウント」
「でも、サイチさんもあのアカウントを見て声をかけてきましたよね」
 彼女は少しむっとした調子で返した。
「わかんないかなぁ」
 杉元の表情が今まで見たことのないものになった。すっと温度が引くというのだろうか。いつもの優しさを滲ませた目元に色がない。
「サイチさん?」
「大丈夫。初めてだもんね。うんと気持ち良くなろうね。忘れられないようにしてあげる」
 彼はそう言ってわらうと、薄い唇を合わせた。
 
 ぐったりとした彼女を写真に収める。それを彼女はぼうっと放心したまま眺めることしかできない。ああ、わたしはサイチさんとセックスしてしまったのか。非処女になったのか。すごかった。こんなものか。いっぱいいっぱいだった。どこか遠いところで感情が流れていく。
「ちょっと見て」
 そんな彼女の髪をやさしく、ゆったりと撫でながら彼はスマートフォンの画面を見せた。見慣れたアカウント。ツイートした覚えの無い写真。
「えっ」
「ねっ。もうこれでここには帰れないでしょ。処女じゃないもんね。それなら俺だけで良くない?俺は君のことが大好きだしなんだってできる。どこの誰かわからない男にべたべたした視線なんてもらわないで、俺にだけ見せてよ。あんなにかわいいんだ。もっと見せてよ」
 ちう、ちう、と彼は彼女の唇に吸い付く。先ほどまでの粘着質なものではなく、ただ触れるだけを繰り返す。小鳥が遊んでいるようなものだ。

「そうだ。紫陽花を見に行こう。鎌倉の方なんてどうだろう。鎌倉デート、どうかな。楽しいと思わない?」
「俺も君も甘いものが好きだから、スウィーツビュッフェも行きたいな」
「観たがってた映画、夏に公開だよね。その前にさ俺の部屋で一緒に観ようか」

 杉元は彼女を抱きしめながらいくつか提案をした。それはとても楽しそうに。
「すきだよ。一緒にいようね」
 杉元の目元に、甘い悲しみが見えた気がした。目に見えるはずがないのに、やさしい表情がどこか寂しげで悲しく見えてしまった。どうしてかは、やはりわからなかった。そもそも、裏垢の女子大生に声をかけてくるような男だ。まともな筈がないと、頭では分かっているのだ。かわいいと言ってもらって、処女を捨てて、遊んでもらって、そんな関係だと割り切るつもりだったのだ。
「嬉しい。これで恋人同士だね」
 割り切るつもりでいたのに、どうしても彼を拒絶してはならない気がして、静かに頷くことしかできなかった。



 毎週火曜日と水曜日。同じ電車に乗る女の子。大人しそうな子だった。ふんわりと柔らかい色を好んでいるようで、甘い雰囲気がまた可愛らしい。そんな印象だった。たまたま、その日は豪雨で車内では嫌な湿度がまとわりついた。電車は途中で停車した。大きく揺れた弾みで彼女が俺の胸に倒れ込んできた。そんな偶然だが、これは運命だったのだ。
 彼女からの小さな衝撃の拍子に、するりと記憶の奥から何かが溢れてきた。
「すみません」
「いや、大丈夫です」
 眉を下げる表情がどこか見覚えのある女性。そんな引っ掛かりを覚えて首を傾げる。その時はそれで終わった。
 夜、夢を見た。深い眠りだった。目を覚ますと俺はぐっしょりと汗をかいていた。鼓動がはやい。鮮明な、長い夢は現実だと心が言っている。俺は知っているのだ。彼女を。鮮烈な赤。樺太の地で、あの流氷に置いていくことになってしまった彼女を。あぁ、1人にしてしまった愛しいひと。

 それから、どうやって彼女の隣につこうかそればかりだった。俺は社会人だし、彼女は大学生だった。電車で急に近づいて声なんてかけたらきっと怖がらせてしまう。話せばきっと、一緒にいればきっと、また俺のことを好きになってくれる。それはわかっている。だけど、怖がらせたいわけでは無いのだ。
 19時前の電車に揺られる。斜め前には彼女の頭があった。まぁるい頭、髪は白い照明を綺麗に反射し輪を作っている。はやく触れたい。最近、友人と買ったイヤリングが揺れている。控えめなデザインが彼女らしくてかわいい。今も昔も花が似合う。彼女のスマートフォンの画面が見えた。なんだ。簡単じゃないか。その他大勢が彼女にコンタクトを取るなんて許せない。そう思いながら、俺は新しくSNSのアカウントを取得した。彼女の画像欄には眩しい太ももや、繊細なデザインの下着に守られた肌が並んでいた。舌打ちをしたい衝動に襲われた。こんな姿を晒すなんて、そんなに見られたいなら俺だけに見せれば良い。そこからは早かった。毎日のようにメッセージを送った。あんなに甘い、砂糖菓子のような彼女がこんなアカウントを作っていることにどこか興奮を覚えた。1人、熱を処理した。もしかしたら、彼女もフォロワーのリアクションで処理しているかもしれない、なんて不安になった。毎日のやりとりは怖がらせないように、と気を付けていたし、距離に気をつけながら、焦りを指に出さずに期を待った。そのうち、彼女の方からメッセージを送ってきてくれることもあった。もう、そろそろ良いだろう。
「直接会って話さない?」
 返信はしばらく時間が経ってからだった。少し離れた駅で待ち合わせをすることになった。たぶん、身バレを気にしたんだと思う。かわいいなぁ。通っている学科、良くコンビニで買うおにぎり、シャンプーやリンス、下着の柄、この前の生理、生クリームが好きなこと、課題はわりと溜めてしまうこと、アマゾンプライムで寝不足なこと、アルバイトで嫌なことがあった時は甘いものを買って帰ること、それから……。俺はなんだって知っているのに。知らないことなんて、彼女の体温と俺だけに向ける表情くらいな気すらしてくる。そんなわけはないが。はやく、彼女に目尻を少し下げてわらいかけてほしい。

 顔だって、名前だって違うのに、この鼓動が、本能が君がほしいと言う。隣にいなければ、この腕に抱かなければと言うのだ。
 今生こそ、しあわせになろう。




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