magic with red(大和)

2021.2.14.たが夢で無配ネットプリントだったものです。印刷してくださった方、ありがとうございました!


 彼女が紙を出すと、大和は首を傾げた。クリーム色のメモ用紙には四本、縦のラインが入っている。それを途中で橋を架けるように線が横断する。あみだくじだ。
 いつものように彼女の部屋で二人はゆっくりとしていた。珍しく彼女から大和に寄りかかってきたと思えば、悪戯な笑みを浮かべて紙を差し出してきたのである。
「なんだい?」
「当たったチョコレートがもらえるの」
「なるほど」
 大和は少し悩んでから左から二番目を指差した。彼女はカラーマーカーで線を追っていく。ハミングをしながら、ご機嫌だ。そのまま楽し気にゴール、と溢した。
「大和さんにはナカムラセレクションね」
 彼女は立ち上がり、キッチンの方から小箱を持ってきた。グレーの小箱にはモダンなブランドロゴが入っている。あらかじめスイッチを入れておいたティファールで紅茶も淹れてくれた。しっかりカップも蒸らして。
 大和は読んでいた雑誌を本棚に仕舞うと、慣れた様子でコースターを並べる。
「そうだ、ちょっと待っていてくれ」

 二月十四日。大和と彼女が付き合い始めて半年ほどが経った。アパートの隣に住む大学生の大和と文具メーカーのOLである彼女がこの距離まで近づくには、大和の根気強いアクションがあったのだが、長くなるので割愛する。
 大和は自分の部屋に一度戻ったらしい。すぐに彼女の部屋に帰ってきた。テーブルに着くときの自分の定位置になにかを置いた。それは小さな紙袋だった。
 大和が並べたコースターだが、これはイチョウが色づいた頃に二人で訪れた美術館で購入したものだった。彼は絵画に明るくはないが、熱量のある作品とは観るひとをこんなに惹きつけるのかと感心した。うつくしい色彩や筆遣いを自分は知らないで生きてきたのだ。それに、それらを鑑賞する彼女の表情は大和の知らないものだった。じっと、その世界を覗く彼女の横顔を眺めるのも良い時間だったのを机上を見ながら思い出していた。
 セザンヌとモネの絵画がプリントされたコースターの上に、洒落っ気もない量産品のマグカップがそれぞれ乗せられた。
「どうぞ、」
「ありがとう」
 そうして、交際を始めて最初のバレンタインのギフトをもらった。アールグレイの豊かな香りがする中、そっと箱を開ける。直方体の中には、宝石のようなうつくしさを持った菓子が行儀良く並んでいた。
 チョコレートを口にすると、艶のある表面がぱきりと割れて中からガナッシュが溢れ出す。
「美味しいよ。ありがとう」
「お口に合ったなら良かった」
 ここでひとつ、疑問を投げかける。
「他の着地をしていたらどうなってたんだ?」
 彼女は先ほどの紙を大和に渡した。折れた下部を開くと、いくつかのカタカナの羅列があった。
「自分チョコが選べなくて」
「なるほど」
 少し恥ずかしそうに笑う彼女がかわいいと感じる。聞けば催事売り場で気になったものを全部買ってしまったらしい。チョコレートの魔力だと、彼女はボヤいた。
「これは俺から」
「えっ」
 彼は紙袋から小さなギフトボックスを取り出した。彼女は驚いた表情をしている。彼はやさしく笑いかける。「開けて」と伝えれば、彼女は白いサテンを解いた。
 中には口紅が入っていた。
 手に取ってまじまじとケースを眺める。指先ほどの大きさのそれは天井の照明を反射している。
 大和は立ち上がり、彼女に近づいた。
「こっちを向いて」
 彼女の手元から、口紅を抜き取る。彼女は素直に彼の方を向く。大和は立っているから自然と上を向くことになった。彼は少し屈んで彼女の唇に自身のものを重ねた。一瞬、触れるだけだったが、口付けにチョコレートの香りを感じた。
 離れたと思えば、彼女の唇の上を何かが滑る。滑らかに、丁寧に動くそれは先ほどの口紅である。薄く瞼を開くと、彼の表情を見てまたそれを閉じてしまった。なんとも愛し気な顔をしていたのだ。
「はい、できた」
「ありがとう」
 頬まで赤く染まった彼女に大和は満足気に笑った。自身の手で彩るというのは、なかなか満たされるものである。




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