hot coffee(高見)

2021.2.14.たが夢で無配ネットプリントだったものです。印刷してくださった方、ありがとうございました!


 戸棚に青いパッケージのコーヒーがあるから淹れておいてほしい。

 自宅でまったりと雑誌をめくっていれば、土曜日だと言うのに朝から出て行った恋人からメッセージが届いた。伊知郎さんが淹れた方がきっと、美味しい気がする。そう思いながらキッチンに立った。
 白い戸棚の中に見慣れないパッケージがあり、それを引っ張り出す。ティファールのスイッチを入れる。その間にわたし用のミルクと蜂蜜を引っ張り出した。慣れない手つきでペーパードリップ式のコーヒーを淹れた。

 伊知郎さんはコーヒーが淹れ終わる頃に帰って来た。今朝と同じく、昨年買ったダークカラーのチェスターコートを着ている。品が良いデザインで、知的な彼にぴったりのアウターだ。彼が持っていた小さな紙袋を受け取る。高身長の彼が、持っているともっと小さく見えてしまうそれは、ハードカバーの本一冊分くらいの大きさだった。洗面所に行く彼を見送りながら、なんだろうと確認すれば、ホワイトの表面にゴールド箔押し装飾のされた英字ロゴが書かれていた。読めはしないが、品の良いフォントが良いものだと主張する。袋の中を覗き込めば、同じロゴの小箱が入っていた。
「これって」
「バレンタインだからさ、一緒に食べようと思って。チョコレート、好きだったよね」
 こくこくと頷けば眼鏡の奥で優しげに目を細めた。
「コーヒー、ちょうどはいったところ」
「良いタイミングだったね」
 彼との付き合いは三年目になるが、こんなバレンタインは初めてだ。二人でダイニングテーブルに着いた。揃いの深い青色の陶器のカップは、二人で暮らし始めた年のホワイトデーに彼が買ってくれたものだった。
「明日は君がくれるんだろう」
「もちろん」
 先日催事売り場を何周もして決めたチョコレートは、野菜室に眠っている。毎年毎年のことだから、お見通しらしい。
 小箱の中には幾つかの甘い塊が並んでいた。小さなキューブ状のそれは、見ているだけでワクワクする。伊知郎さんは一緒に入っていた解説書を取り出した。頭を突き合わせて二つを見比べる。
「アーモンドとヘーゼルナッツ、キャラメルリゼだって。君が好きそうじゃないか」
「こっちはピスタチオでハイカカオだって。伊知郎さん向きだね」
 一粒一粒、違う魅力があると思うと大変迷ってしまう。買うのにも時間がかかるのに、こうやって食べるまでも時間がかかるものなのか。お互いが好きそうと言ったそれを摘んだ。親指の第一関節ほどのそれは、もう食べる前から美味しいものだと主張してくる。
「コーヒー、いつの間に買ってたの」
「気づかれてなかったなら良かった。先月ちょっとね」
「バレンタイン、気にすることなんてあったのね」
「ひどいなぁ。これでも毎年楽しみにしているんだ。でも、今年は一緒にお茶したいなって思って」
「ふふ、ありがとう」
 ナッツ類の香ばしさが口いっぱいに広がる。上品な甘さのとろける波が舌からわたしを満たしていく。
 素直に表情に出ていたのだろう。伊知郎さんはわたしをあたたかな目で見る。瞳に少しはやい春が映っているような気がした。
「こういうバレンタインも良いものね」
 彼は満足気に口角を上げて、カップに口をつけた。




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