2021.03.10.の辰馬さん

 辰馬さんのすきなところ。頼りになる大きな背中。わたしにやさしく触れる節の目立つ大きな手。お酒を飲むと赤くなるところ。わたしを呼ぶ低い声。わたしと違う硬い皮膚。どこに触れてもしっかりとしていて、ごつごつと格闘家のからだをしているのに、わたしをやわらかく抱きしめてくれるところ。わたしの腕が回り切らないからだ。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。待たせたか」
「いえ」
 駅前で彼を待っていたわたしは、その大きな姿をすぐに捉えた。スーツ姿の彼に駆け寄り、すぐにきゅっと腕を絡める。一緒に選んだグレーのコートを羽織る彼はそろそろ見納めだろうか。
 今日のわたしは頑張った。なんといっても、辰馬さんの誕生日だからだ。面倒なお客様が来ないように祈りつつ、テキパキと業務を潰した。定時きっかりに上がり、化粧室で彼にもらったリップをマスクの下に塗り込んだ。それから早足で左手にあるケーキを受け取りに行き今に至る。4号の白い塊を崩さないように、少し緊張している。今日はマイペースな人間にあるまじきタイトスケジュールだった。
 今夜は辰馬さんの部屋で過ごす予定だ。美味しいビールも通販で買って彼の部屋に届いているはず。
 彼の部屋に入ると、食卓に小さな花が飾ってあった。珍しい。黄色い小ぶりな花が春を主張する。花瓶ではなく、小さいサイズの酒瓶に挿してあるのも彼らしくて、それすらかわいいなと思ってしまう。
「お前が来るからな」
 なんて言う辰馬さんは、ビール、冷やしてあるぞ、と冷蔵庫を指さした。辰馬さんをお風呂に押し込んで、わたしは夕飯を作る。凝ったものが良いかと思ったが、仕事終わりだし、せっかくビールを山ほど買ったからと、酒に合うものをリクエストされた。

 ダイニングで夕飯後、ケーキをお皿に分けて、2人で2回目の乾杯をした。
「お誕生日おめでとうございます。ふふ。だいすきです」
 アルコールで気持ちがよくなったわたしは、彼の隣に移りくっついた。素敵な彼の誕生日を隣で祝えるなんて、とても喜ばしいことだ。

 この1年は思うように会えなかったり、やきもきすることもあった。職種も違うし、こんな状況ではデートにも行けない。我慢はするが、寂しいものは寂しいのだ。わたしはとっくに辰馬さんが足りなくなると駄目になってしまうようになっていた。テレワークの日は思い切って彼の部屋で書類を捌いたりもした。おかえりなさい、を言えるのはなんとも幸福なことだった。わたしの部屋で、彼が待っている、なんて日もあった。ガタイの良い彼が、わたしの部屋で、お米を炊いたり、お風呂を洗ったりして待っている。わたしの部屋でただ待っているだけでも嬉しいのに、わたしを楽させようと、助けようとしてくれる。優しい辰馬さんのことがもっとすきになった。

 真っ白なクリームをぺろりと2人で平らげた。酔いが醒めたら、シャワーを浴びよう。それまで、洗い物をしよう。そう立ち上がろうとすると辰馬さんに指先を絡められた。
「ちょっと待ってくれ」
 彼はチェストから小箱を取り出した。
 辰馬さんから、手渡される。
 すこうし、気恥ずかしそうにしている姿はなんだか、珍しい。かわいいなぁと思ってしまう。
 渡された小さな箱の包装紙を丁寧に剥いで、蓋をそっと開けるとレザーのキーケースが入っていた。深いグリーンでユニセックスなデザインだ。わたしの手のひらにすっぽり入るサイズで、真鍮だろうか、ゴールドの金具も品が良い。
 辰馬さんの誕生日である。どうして、わたしへ、という意味合いを込めて彼を見上げる。
「一緒に暮らさないか」
 この部屋の合鍵はもらっていた。だから、違うのだ。
「部屋を見に行こう。2人で暮らす部屋を探そう。どうだ?」
 それはとても素敵な提案だった。わたしはこの後にプレゼントを渡す予定だったが、それどころでは無くなってしまった。わたしのプレゼントが霞んでしまう。彼の誕生日に、わたしがこんなにしあわせになって良いのだろうか。穏やかな黒い瞳が愛しくて抱きついた。相変わらず、わたしのだいすきな彼のからだは大きくて、わたしの腕は回り切らない。
 辰馬さんはわたしの背中をぽんぽん、と軽く叩くと安心したようにため息をついた。
「断るわけないのに」
 わたしは、そう唇を尖らせる。
「お前が相手だと、なんだって失敗したく無いんだよ」
 眉を下げてわらう彼に、そのまま唇を重ねた。揃ってアルコールのにおいがする。さて、これからどう過ごそうか。どう転んでもしあわせになる予感しかしない。




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