140字のお手紙企画

※ツイッターの一本勝負アカウントさまの企画SS集


門倉/明日
 玄関ドアを開けると美味そうな匂いがする。ケチャップやコンソメだろうか。
「おかえりなさい」
 そう投げる彼女にただいまを返して手を洗いに行く。鏡に映る自身が、思いの外疲れた顔をしていることに気がついた。食器や飲み物を並べていく。「結婚する前もよく作ったよな、お前」「そうだっけ」「そうだよ」一緒になる前から、娘が生まれてからもよく作ってくれた。ケチャップで味と色をつけられて、玉ねぎの甘みピーマンの苦さ、ベーコンの塩味がクセになる。舌に親しんだ味だ。
 2人でダイニングテーブルに着く。こういうことも、今日で最後なのか。
「なぁ、いつもありがとうな」
 それは、明日から、他人に戻る2人の最後の夕飯だ。


杉元/明日
「この後、どうしたい?」
 彼の言葉で、わたしは大変困ってしまった。ただの同僚として、杉元くんと飲んでいたはずなのだ。居酒屋から出たら23時を回っていた。あぁ、気の良い同僚のポジション、気に入っていたのに、杉元くんの方こそわたしをどうしたいんだ。歓楽街の喧騒が鬱陶しい。心臓は嫌に主張をする。
 ぎこちなく、彼に目線を向ければ髪をかきながら少し緊張した面持ちだった。
「ちなみに、俺は帰したくないんだけど、」
 さて、わたしたちの関係はどうなるのだろうか。


牛山/ふわふわ
「帰したくないんだが」
 辰馬さんはそう告げると残っていたビールを一気に呷った。少し顔が赤くなっている。
「貴方といるとどんな夜が過ごせるのかしら」
 そう笑いかければ、彼はわたしをじっと見つめるのだ。キスのひとつもしたことはないけれど、たしかにこの人はわたしをどろどろにしてくれそうだと思った。彼の手を取る。
 わたしたちは、ふわふわとした足取りでネオンの中を泳いでいった。このまま溺れちゃうのも悪くはないかしら。


菊田/ふわふわ
 どうして、いつもは格好良いのに。どうして。てかてかの床に野球中継。壁には黄色っぽい紙に太字で書かれた安いメニュー。こんなに駄目になった彼を見たことはなかった。
「どういう状況?」「初めて喧嘩したって言って飲み始めて、」「はぁ、」彼の部下に居酒屋に呼び出されて来てみれば、杢太郎さんはでろんと溶けてしまっていた。付き合って1年、最近初めて喧嘩をした。それでこんな事になっているのか。杢太郎さん、と声をかけると、彼はわたしに縋りついた。恥ずかしいのだけど、
「結婚してくれよ」
 よくこんなタイミングで言えるな。

杉元/指先
 目があった瞬間、確信的に彼の瞳は見開かれた。わたしは必死に足を動かす。なんで、今さら。この時代でも彼の運動神経は健在らしい。わたしの左手首を彼の指先がぐるりと包んだ。駅から少し離れてしまって、人も来ない。
「何で逃げるの」
 佐一くんの顔が見れない。この鼓動の高鳴りは走ったからだ。「ずっと探していた」「元気そうで良かった」「また、一緒になろう」そう言う彼がわたしの薬指にいつ気づくのか、心が冷えていくようだった。


尾形/鍵
「返してほしいの」
 黒い瞳がわたしを捉えている。駄目。目を合わせない。
「何を、だ」
「鍵」
 わたしの部屋の、と付け足せば、上からの圧が強くなった。彼はどうして、と小さく空気を震わせる。
「尾形くん、わたしのことすき?」
 顔を上げれば傷ついたような顔をしている。どうして。
「俺はお前がすきだ。これからも必要なんだよ」そう言うや否や、彼の胸元に包まれた。わたしに素っ気ない態度だった恋人は、今までの事が嘘のように耳元に甘い言葉を羅列する。「あいしている」「すきだ」「大事にしたかったんだ」ありきたりな言葉から始まって、数分もすれば「捨てないでくれ」と縋り付く。これがいつもの冷たい恋人なんて、信じられない。


菊田/赤
 久しぶりに会った彼女はそれはそれは晴れやかな顔をしていた。爽やかな空と揃いの表情で左手を撫でる。
「最後に会っておこうと思って」
 まったく、酷い女だよ。
「杢太郎さんには感謝しているの。もう、きっと会うことはないけれど」
「俺もお前に感謝してるよ」
「そう。ありがとう。あの頃はさ、どうしてわかってくれないんだろうって、そればっかり……。ごめんなさい」
「謝るなよ。俺たちはとっくに他人なんだ」
「そうね」
 久しぶりに会った彼女は髪をばっさり切っていて、別の女のようだった。再婚相手が海外に赴任になったの、なんて、やわらかい顔で言うのだ。どうして、わざわざ呼び出した。俺たちの関係なんてもう……。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -