彼女の誕生日と金剛兄弟

※大学生/フォロワーさんの誕生日にお送りしたもの/しあわせじゃない。


 しあわせそうな表情にこの場へ来なかった弟を思い出した。
 春のあたたかさを感じる日差しが、今の彼女の雰囲気にとても似合っている。彼女の指定したカフェはゆったりとした音楽がかかっている。白い漆喰の壁、店主の趣味で集められた本が鎮座するウッドの棚、やわらかな発色の陶器の食器、そのどれもが、彼女の作り出す雰囲気と妙にマッチしている。俺は、どうだろうか。甘ったるい雰囲気の店ほどの浮き方はしていないと思うが……。弟は、阿含は……。
「話って」
 なんとなく、検討はついているのだ。だから、きっと、阿含はこの場に来なかった。
「うん、直接報告したくて」

 俺が何かを手放す前から、彼女は俺たちの隣にいた。少し年上の幼なじみは社会人になり、以前より会う機会が減ったように感じる。天真爛漫だった彼女はいつの間にか、俺たちの随分先を歩いて行ってしまっているようだった。
 彼女は知っているのだろうか。怠そうにしていても、あの弟が勝手に部屋に入ることを許すのは自分だけだということを。毎年2月の終わり、誕生日に缶コーヒーを渡していることを。褒めはしないが、俺の気付かない些細な変化に気がついていることを。
 阿含が寝ている部屋にドカドカと入り込み作りすぎたと言って食べのものを押し付けていたことがあった。去年の今日は自販機の缶コーヒーを家の前で投げ渡されていた。寝不足気味の時は「ブッサイクだな」なんて悪態をついていた。
 そのどれもが、彼女だけにゆるされた距離感なんてことに、くすり指を光らせる女は気付いていない。
 それは、以前写真を見せてきた、平和そうな、つまらなそうな男からもらったものなのだろう。

 彼女が、口を開こうとしたそのとき、ドアベルの高い音が店内に響いた。まさかと思い、視線を向ければ見慣れた片割れの姿があった。
 やはり彼は、誰よりこの店が似合わなかった。




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