誕生日を祝ってくれる門倉

 タイムカードを定時きっかりに切るなんていつぶりだろうか。今週は珍しくコツコツコツコツと仕事をこなした。月曜日の冷たい豪雨で雨漏りした天井の対応なんかに呼ばれた時は、無事金曜日を迎えられるか不安しかなかった。まぁ、なんとかなったのだが。やたら張り切る俺をキラウシは不思議そうに眺めていたし、土方さんは笑って仕事を振っていた。
 急いでジャンパーを羽織り、外に出る。マスクで顔を覆っているというのにまだ寒い。革靴の中でつま先をぎゅっと縮こまらせた。もうすぐ3月が来るというのに、コンクリートの隙間を縫う空気の温度は、現在ヒトケタらしい。朝、彼女がカイロを貼ってくれた腰を軽くさする。
 途中の駅で下車をした。いつもは真っ直ぐ帰るし、お使いは最寄駅でする。駅ビル2階へ降りていくと白いLEDがフロアを照らしていた。
「これと、これと、あと肉のやつも全部2人前ずつで」
 愛想の良い店員により鮮やかな惣菜が白いデリボックスを彩っていく。会計を済ませて、彼女に持たされているなんだか派手なアニマル柄のエコバッグにそれを水平に入れる。また電車に乗るので、気をつけねばならない。今度は、最寄駅前のケーキ屋に寄ってショートケーキと艶々のチョコレートケーキをひとつずつ買った。チョコレートのプレートを白い方に乗せてもらう。ここの店は以前彼女と散歩をしていた際に見つけたのだ。知らない間にできてきた店のケーキを今度買おうと言ったきりだった。2020年は家にいることも多かったし、小さな外出さえ控えがちだったのだ。両手いっぱいに荷物を持っているので転ばぬように、それでも急いで帰る。徒歩10分ほどの道のはずが、こんな日でも全ての信号に引っかかり嫌になってしまう。まったく、急いでいるのに。
 金曜日の彼女は、少し帰りが遅い。それは今日も変わらぬようで、電気のついていない我が家に少し安心してため息をついた。
 エコバッグをリビングに置いて、部屋着に着替えると、さて、と腕まくりをした。少し気合が入る。あと20分というところだろうか。
 まずは風呂の用意をする。泡を流すとき、うっかり膝を思い切り濡らしてしまったがかまっている時間はない。栓をしたことを確認して(たまにし忘れて彼女に叱られてしまう)自動ボタンを押した。風呂用にバスボムとキャンドルを買ってみたのだが、どうだろうか。彼女は喜んでくれるだろうか。こういう香りものの趣味は難しい。こっそりと隠していた洗面台下から出して、すぐに使えるようにセッティングをした。
 ティファールのボタンを押す。駅ビルで購入したお惣菜を彼女のお気に入りの皿に並べた。こうして入れ物が変わるだけで、素敵に見えると言っていたのは彼女だ。電子レンジの説明を目を細めて読みながらボタンを操作する。どうして家電の文字はこう、読みにくいのだろうか。ケーキは冷蔵庫に。サラダや肉料理なんかを運んで往復する。
 玄関から鍵の回る音がする。
 もう、そんなに時間が経っていたのか。ばたばたと騒がしく玄関に向かえば「利運さん、ただいま!」と言いながらマスクを外した。彼女も冷えたのだろう。鼻の頭が赤くなっている。白い肌と赤い鼻が冷蔵庫で待機しているショートケーキを連想させた。

「おかえり。お疲れさま。メシの準備できてるぞ」
 明日は土曜日だし、なんていったって、彼女の誕生日だ。少し良いお酒も開けてしまおう。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -