麗かな日差し。
桜が咲くにはまだ少し早く、ウールのコートを着ているには少しあたたかだ。在校生が去年までわたしたちがしてきたように、歌で送り出す。
卒業、といっても、おおよそはそのまま王城大に持ち上がるのだ。進路を別つ学友もそこまで多くはない。
わたしも仲の良いメンバーは大学まで持ち上がりである。
ただ、この麗かな日は節目ではあるのだ。わたしは小さな決意を持ってこの日を迎えた。
朝はいつもより早く起きて髪の毛を入念に調教したし、ともだちにもらったいい香りのリップクリームをお守りにしている。
「さくらばくん、」
「秋山さん」
きらきらとする彼は今日もみんなに囲まれていた。あぁ、やっと2人で話せる。安堵と緊張、矛盾を孕んだ感情が、わたしのお腹にのしかかる。
地学室は、わたしの部室であり彼の避難所だった。たまにレポートをまとめてるわたしと、喧騒から逃げてきた彼が顔を合わせた空間だ。
彼の事だ、ボタンを狩られたり、写真をねだられたりしていたのだろう。だって、少し疲れた顔をしている。
今日ばかりは彼女たちの気持ちがわかってしまう。
「秋山さんも王城大だったよね」
「そうだよ。桜庭くんも、だよね」
「ああ。これからもよろしく」
桜庭くん。桜庭春人くん。さくらばはるとくん。なんて素敵な響きを持っているのだろう。
この部屋で会合して、たわいもない話をした。
彼が忘れていったノートの名前をなぞった事もあった。
あの先生、よく寝癖がついてるよね。次のテストはきっとあの辺りが沢山出るよ。先輩が言ってたから。最近食べる量増えたね。からだも大きくなったね。富士山でトレーニングって、アメフト部はすごいね。校舎裏に猫が入り込んでるの知ってる。この部屋はお昼寝するとひんやりしてて気持ち良いよ。
「さくらばくん、あのね、」
「うん」
なんでもない日常を特別にしてしまいたい。
あのね、桜庭くん、わたしあなたが来るからこの部屋を開けて待っていたんだ。
あのね、あの卵焼きお母さんじゃなくてわたしが焼いたの。ちょっと焦げてしまったけど。
あのね、わたしだってあの子たちと一緒なの。
「さくらばくん、すき」
麗かな日差しがカーテンの隙間から入ってくる。
わたしの言葉に彼は少し悲しい顔をしていた。
「友達になれると思ってたんだけどな」