現パロ/ワードパレットリクエスト/光芒


 甘やかな肌に鼻を寄せて、まだ何も知らない頬なんかに唇を落とす。天使のようなやわらかな、彼、彼女を胸元で抱いて背中をとんとんとやさしく叩いてあげる。穏やかな寝息を吸って、愛おしいぬくもりを感じながら生きていけたら、なんてしあわせなのだろう。
「ーーーっ!」
 息も絶え絶えの行為を終え、あの白昼夢に想いを馳せる。生温さを残した薄い膜を彼が縛ってゴミ箱に放る。
 こんなことをしておいて、恋人、でもないのだ。やさしさと、都合の良さをお互い感じての関係だろう。
「なんだ、よくなかったか」
「そんなことないわ」
 牛山さんとの行為で満足できなかったことはない。むしろ、もう彼以外とセックスをしても満足感を得られないだろう。散々喘いで喉は乾いてしまい、萎びた声しか出ない。対照的に、瞳には涙が溢れてくる。先ほどまで生理的なものが流れていたから、きっと涙腺が緩んでしまっているのだ。牛山さんにそろりと背を向ける。
 真昼の夢のせいで、この灰色の感情に改めて気がついてしまった。先のない関係など、はやく辞めてしまうべきだ。虚無感だけが募るのだから。
 キスをして、一緒にスーパーに行ってなにが食べたいなんて話をして、同じ家で靴を揃えて、たまに近所をまったり並んで散歩をしてみて、なにか嬉しいことがあったらハーゲンダッツを2人分買ったりする。貴方の隣を夢見てしまう。

 牛山さんと出会ったのはお酒の席だった。酷いメンタルの時だったように感じる。みっともなく男の恨み言を漏らすわたしの隣に彼は腰を据えた。
「お嬢さん、そいつはあんたを泣かす程度の男だったんだ」
 今思えばあの男のなにがそんなに良かったのかもわからない。大きな体の彼は、わたしの辿々しい話を聞いてそう言った。大きな手で、わたしの目元を拭った。チークウッドのカウンター、薄暗い照明。彼の手元には汗をかいたビール。牛山さんはビールがすきなのに、それも呷らずにわたしの話を聞いてくれた。
「ビール、炭酸抜けてしまいましたね。一杯奢らせてください」
「いや、いい」
 不味くなっただろうに、ジョッキを一気に傾ける。暖色の照明があたり、喉に影が落ちる。彼の喉仏の動きをぼうっと眺めたいた。
「そうだな。もし奢ってくれる気があるなら、次の金曜日またここでビールを奢ってくれ。嫌ならそれはそれで構わん」
 彼はそう言い残して去っていった。バーのマスターが、彼の名前を教えてくれた。牛山さんに慰められたわたし涙も止んで、どうでも良い男のことなど頭の隅に押しやり、次の約束についてばかり考えていた。

 それから、わたしは約束通り彼にビールを奢り、気づけば一緒にベッドに溶ける仲になっていた。
 熱いキスをくれて、なにも考えられなくなるくらいどろどろに溶かしてくれる。彼に情熱的に求められてわたしは彼にハマっていってしまった。初めて会ったあの時から、わたしは牛山さんに夢中なのだ。でも、臆病で駄目な大人は彼に甘えることしかできない。
 ずるずるそんな関係が続く。関係を言葉にするなんて、簡単なことができない。アルコールを呷ったりベッドに沈むことはあっても、2人で出かけることはない。もし彼が薄い膜を取り去り、わたしの中で熱を結びつけたなら、なんて、そんな幻をみてしまうのだ。

 顔に落ちた髪を彼はわたしの耳にかける。
「どうした」
 そのまま彼はわたしの髪を撫でる。わたしの後ろで片肘を枕にして、低い声で問いかける。わたしは首だけふる。横になった体勢で背を向けたまま。返事でもしてしまえば、わたしの声の震えがきっとわかってしまう。髪から肩へ。肌を滑り腕を伝い、手のひらを包まれた。
「貴方が欲しくなってしまったの」
 息を飲むような音がする。言うつもりはなかった。そんなふうにやさしく包むから。か細い声でぽろりと溢れた。
 ベッドが鳴って視線を上げる。彼はわたしをごろんと仰向けに転がすと馬乗りになった。わたしから彼の表情は見えない。
「泣かせてしまったか、」
 牛山さんの太い指が、わたしの目元を拭った。関節のあたりが大きく膨れた貴方の大きな手が、わたしをやさしく触る、その仕草がたまらなく愛しい。
「結婚するか」
 なんだ、手を伸ばしても良かったの。
 その分厚い手のひらでわたしのことをずっと離さないでほしい。カーテンの隙間から漏れる白々とした街灯の光が、これは現実だと言った。
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