彼とこの部屋で暮らすようになったのは3月の初めのことだ。大学卒業を機に、プロになった彼と同じ空間で過ごすことにしたのだ。
「一緒に暮らして欲しい」
 そう言う彼の声は、いつもの確信めいた自信に満ち溢れることはなく、わたしの感情を伺うようなものだった。わたしの二つ返事に彼は安心したような感情を瞳に覗かせた。
 普段から大和くんは自信に満ち溢れた人だった。わたしは社会人で、彼は大学生。その差も大和くんは「きっと俺をすきになる」なんて言って、実際わたし達は交際するに至ったのだ。勉学も、アメフトも、なにに向き合う姿も正確な尺度による確信と自信に満ちた彼をわたしは揺らしてしまうのか。そんな衝撃を覚えた。

 10月にもなれば同じ部屋での生活にも慣れてきたように感じる。

「おかえりなさい。お疲れ様」
「ただいま。良いにおいがする」
 大和くんが帰ってきたのは19時過ぎのことだった。彼の誕生日でもわたしは仕事があったし、彼も練習があった。10月ともなれば、夕方には日が沈み暑かった一月前が嘘のように冷え込み始める。もうすぐ、冬のにおいがするのであろう。
「ビーフシチュー?」
「そう。すきでしょう。シャワー浴びてきて。用意をしておくね」
 大和くんは荷物を置くと脱衣所に向かった。さて、わたしは配膳を進めよう。本当はディナーなんかを予約しようと思っていたのだけど、なにを食べたい、なんて聞けば、わたしの作ったものなら何でも良いなんて言うのだ。普段の献立の相談は乗ってくれるのに。
 わたしにしてはかなりがんばった夕飯を彼は綺麗に胃袋に入れていった。牛すじ肉がとろとろになっていたのは我ながら美味しかったと思う。ただ、この後のことを考えて少しスプーンが震えたのも事実だ。
 ケーキを食べて、ティーポットとカップだけを残したダイニングテーブルに彼を座らせたまま、わたしはプレゼントを取りに行った。この揃いのティーセットは彼がわたしにプレゼントしてくれたものだった。白い陶器に品の良いグリーンの模様が入っていてとても気に入っている。
「はいこれ」
「ありがとう。開けて良いか?」
 頷くわたしを見て、彼は丁寧に品の良いリボンを箱から解いた。15センチほどの長方体にネイビーの包装紙で品良く包装されている。きれいな指でテープを剥がして、包装紙解かれていく。
「どうでしょうか」
「ありがとう。すごく綺麗だ」
 彼の無骨な手がベロア生地からそれをつまみ上げる。光の加減で深いグリーンに煌く万年筆。彼の今後の人生に寄り添えるものが欲しいと百貨店を探し歩いたものだ。美しく深いグリーンが意志の強い彼を連想させて一目惚れしたのだ。

「あとね、これ」
「これ、」
「結婚しましょうか。わたしたち」
 テーブルを挟んで向かい合うわたしたちに緊張が流れる。白い紙と先ほど渡した万年筆が机上に並んでいる。大和くんは瞬きをする。なにか言ってくれないか。流石にいたたまれなくなってきた。もしかして、迷惑だっただろうか。まだ、そのタイミングではなかったのだろうか。
「やまとくん、」
 彼がわたしの名前を紡いだ。
「こんなに嬉しい誕生日は初めてだ」
 彼はがっちりわたしの手を両手で包んだ。代謝の良い彼はわたしより幾分か体温が高い。ぎゅうぎゅう握られて、少し痛いくらいだ。ただ、その痛みが、今は安心する。
「俺とずっと一緒にいてくれるかい」
「もちろん。ねぇ、わたしね、大和くんが思っているよりずっと大和くんと一緒に居たいんだよ。誰にも取られたくないし、貴方は素敵なひとだから関係に新しい名前を付けたいってずっと思っていたの」
 大和くんの喉が鳴る。面と向かって感情を吐露するのはそんなに得意でないのだ。声は震えるし、視線に怯えてしまうこともある。でも、彼とは今も、この先もしっかりと向き合っていきたいのだ。
「俺はな、君のそういうところが好ましいと思っているよ」
 彼は目元にやわらかな弧を描いた。あたたかな体温がこもったような、わたしを安心させる視線だ。「ありがとう」と、言葉を紡ぐ色の良い唇。手元から広がっていく彼の体温。
「指輪を選んだり、ご両親にご挨拶に行ったり、式もしたいからその準備も楽しみだ。その先にも君が隣にいてくれるんだろう。ずっと、2人であたたかな暮らしができる。2人で歩幅を合わせて生きていける。俺は、本当に嬉しい」

 来年も再来年もきっと、彼とやわらかな時間を過ごすことができるのだろう。得た約束が何よりも嬉しくて、わたしを包むぬくもりが何よりもいとおしい。
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