24ライ/お題:謎解きゲーム
現パロ


 2人でいるなら生温い夜の温度も悪くないと思う。菊田さんの運転で彼の部屋に帰ってきた。
 美味しいものを食べて、とても癒された。彼のやさしい手がわたしを連れ出してくれる。彼の視界を分けてくれるのがうれしい。
 金属音をさせると彼が扉を開けてくれた。今日は最後までエスコートしてくれて、まるでわたしはお嬢さまにでもなった気分だ。
 「えっ」
 玄関に入ると、廊下に黒い影が見える。立ち止まっていると菊田さんが後ろから照明のスイッチを押してくれた。照らし出されたのは、綺麗な紫色をした上品な花束だった。小ぶりなそれの中に、白い花が混じっている。この香りはラベンダーだろうか。
 「これって」
 「あきらに。今日は1年記念日だろう」
 菊田さんとわたしが付き合い始めて今日でちょうど1年なのだ。金曜日であったため夜からのデートになったが、彼は素敵なお店に連れて行ってくれた。それだけで十分なのに。
 「ありがとうございます」
 花束を菊田さんがわたしに手渡す。ふわりとその香りがする。
 クリーム色のカードがついていることに気がついた。

 次は1月×日の中

 「俺とちょっとゲームをしないか。その問題に答えられたら良いものをやるよ」
 「ゲームですか」
 年上の彼は片目を瞑って見せた。少し悪戯っぽい表情にときめいてしまう。わたしは再び視線を花束とカードに向かわせる。
 少し考えてから、鞄からA5サイズの手帳を取り出した。
 1月×日、菊田さんとショッピング。その隣に小さなイラストが書いてある。
 菊田さんはコーヒー、わたしは紅茶がすきだ。それこそ、お互いの家に好みのものが常備されているくらいには。
 お正月明けで、溜まった仕事を片付けて疲弊していた1月×日。2人でショッピングモールに出かけた。セールを冷やかして、疲れたわたし達はいつもより早く切り上げて、彼の部屋でだらだらと映画を観たりして過ごしたのを覚えている。
 あの日は確か、彼はネイビーのコートを着ていた。品の良いいつものマフラーを巻いていた。お洋服を見漁るのは早々に諦めて、入店の穏やかな雑貨店を覗いたのだった。
 「かわいい」
 「良い色だな」
 深いブルーのマグカップ。その落ち着いた色がうつくしくて、少し渋めの見た目だけど購入する事にした。
 「これ、菊田さんの部屋に置いて良いですか」
 「いっそ揃いで買うか。帰りに紅茶も買って帰るか」
 2人彼の部屋に帰ると早速各々のすきなものを煎れて楽しんだ。
 
 食器棚を開け、わたしはブルーのマグカップを手に取った。なんだか、少し重たい。
 「ありました、これって」
 マグの中には小さな箱が入っていた。グリーンのリボンの巻かれたそれを解くと小さな香水瓶が入っている。
 「かわいい」
 「なら良かったよ。においはどうだ」
 「バニラかな。良い香りですね。ふふ、すきです」
 「明日のデートはそれをつけてくれよ」
 「はい、もちろん。ありがとうございます」
 上品な甘い香りはくどくなくて心地よかった。流動的なカーブを描く四角いボトルに透き通った液体が見える。
 香水瓶に小さなカードが付いていた。薄いピンクのカードには先ほどと同じくブルーブラックの右上がりの文字が並んでいる。

 6月×日

 先ほどと同じだろう。わたしは手帳を取り出す。該当ページにはわたしと菊田さんが車の中で撮った写真が貼られていた。
 「印刷したのか」
 「だって、とても楽しかったので」
 「そうか」
 そう言う彼の口角が上がっていることをわたしは気がついている。
 この日は2人でドライブをした。海の方まで行って、美味しいものを食べて、温泉に入ってその日のうちに帰ってきた日だ。梅雨入りしていたのに途中から雲が晴れて気持ちが良かった。海沿いで彼が流した曲も耳に残っている。

 しかし、この日のわたしは特になにも彼の家に持ち込んでいないはずだ。彼にプレゼントなどもしていない。記憶にしっかりと残るようなものをあげたりした気がしない。車内、ではないか。彼は夜にわざわざわたしを外に連れ出しはしないだろう。
 「家の中ですよね」
 「そうだな」
 これは少し時間がかかりそうだ。
 彼は少しにやにやとしながらわたしをみている。悩む姿を見て喜んでいるようだ。
 「ドライブした日がヒントですか」
 肯定的な笑みをくれた。
 しばらくリビングをうろうろとしてみる。初めて来た日は、緊張してしまってソファの上で小さくなっていたっけ。思い返すと少し恥ずかしい。1年も彼の時間をもらっているのか、と、改めて嬉しくなる。
 下段に雑誌やブルーレイ、上段にモデルガンなどが飾ってあるその棚に、見たことのない影を見つけた。
 「これって」
 「見つかったか?」
 わたしの手帳に貼ってあるそれと同じものが大事に飾られていた。2人、逆光になっているが楽しそうに笑っている。チークウッドの写真立ての中に、それは飾ってあった。
 「これで最後だ」
 菊田さんは写真立ての裏から、小箱を取り出した。わたしの手のひらより少し大きいだろうか。綺麗に檸檬色の紙で正包装されている。先ほどまでと同じグリーンを取り、テープを丁寧に剥がしていく。
 「キーケース?」
 「ああ」
 キャメルのカラーは、革らしい感じがしてかわいらしい。四角いそれは、見た目より少し重たかった。金具は真鍮のようで、品が良く、時が経つのを待っている。
 きっと良いものなのだろう。手のひらに収まるくらいのそれを利き手で撫でた。彼がわたしの名前を呼ぶ。
 「俺はさ、あきらがすきだし、大事だよ」
 「わたしもだいすきですよ」
 「ああ、すごく嬉しいよ」
 菊田さんの口元は先ほどとは違うやわらかな笑みが浮かんでいた。でも、わたしを見る優しげな目元はどこか緊張をしている気がする。
 わたしの手ごと、キーケースを包んだ。わたしより少し体温が低いひやりとした手が、手の甲を覆った。

 「一緒に暮らさないか」

 彼の選んだキーケースがわたし鞄に入っていて、同じ部屋へと導いてくれる。先に家に着いたほうが夕飯の支度をして、2人で新調した食器でテーブルを彩る。2人で住むなら、植物を置いても良いかもしれない。同じ部屋から、彼にもらった香水を纏って彼と色々なところに出かける。そして、またその部屋に帰るのだ。
 なんて、なんて素敵なことなのだろう。
 嬉しくなって彼の胸に飛び込めば、同じような表情をしている。この先、この顔をどんな風にどんな時に見られるのか、それを思うと笑みが溢れる。
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