オレは1人で踊るよ
※病んでる/なんでも許せる人のみ/閲覧後の苦情は受け付けておりません。
彼女は動かなくなった。
彼女とキスをするとき、口に残る甘い匂いがきらいだった。
彼女の爪を染めるパープルのそれがきらいだった。
彼女のすらりとした体躯を引き立てる、高いヒールは愛おしかった。
2つ下の彼女のその強気な見た目も、言動も、オレ様はいたく気に入っていた。きりりと縁取られた目元も、きれいに伸びた背筋も、その1人で立っているような様が気持ちよかった。
「キバナさんは瞳がうつくしいですね」
恥ずかしげもなくそんな事を言えるのだ。
彼女にとってそれは賛辞ではなく、事実で、それかオレを妙な気持ちにさせた。
彼女の言葉は空のように素直で、ただ、それはオレにだけ向けられるわけではなかった。
「本当にお強いんですね」
「貴方は真っ直ぐな瞳をしてるんですね」
「触れてみたくなるような、きれいな髪」
最初は一緒だったのだ。
誰もそれも。
オレの瞳を見た時と同じ温度であったのだ。
その夜はリーグ関係のパーティーだった。彼女は黒い流れるようなドレスを纏いその白い肌と赤い唇を際立たせていた。
「いいぜ。触るか?」
彼女は驚いたように見えた。
すこしはにかみながら、右手を伸ばした。
オレには向けたことのない表情。
「やわらかいんですね」
ありがとうございます。なんて、そんな甘い声を出すなんて知らなかった。
目はやわらかく弧を描き、艶々としたそれも、両端をきれいに持ち上げた。
そんなやり取りを近くで見ていたオレはみっともなく嫉妬を覚えた。
なんだその瞳は、その声は、そのとろけるような表情は。ダンデと別れた彼女に近づき、シャンパンを煽った。
知った仲ではあったから気が緩んだのだろう。彼女もよくグラスに口をつけていた。
ケラケラとよく話した。
彼女のパートナーのマニューラがする悪戯の話はそれはかわいいものだったし、フライゴンに乗ってみたいなんて嬉しい願望も出てきた。
そのまま楽しくなったのか、彼女はパーティーの後も一緒にいる流れになった。もちろんオレは酔ってるわけもなく、解散時に彼女がダンデを見ていたことに気づき、内心苛立っていた。
よくは、ないのだ。大人だからで済まされるわけはないし、どうしてそうなったかを問われればオレ様がただ臆病でずるかっただけなのだ。
部屋に入ると靴も脱がずに縺れあった。
ドアに彼女を押しつけ、唇を奪う。膝を足の間に滑り込ませた。
一瞬驚いたような表情を見せた。オレが感情を揺らした、それが嬉しくて舌を差し込んだ。
彼女は嫌がる事もなくそれに応えた。
それから何度か夜を超えた事もあったが、彼女がダンデに向けたあの瞳がオレをうつすことはなかった。
あの日と同じで臆病なオレはアルコールを煽って彼女を誘った。
「これ、オマエに似合うと思ったんけど、もらってくれるか」
今夜は月が明るい。
彼女の明かりを消した部屋でも彼女の瞳を覗くことができた。
彼女に贈り物をするのは初めてだった。
少しこまった顔をする。
「こんな高価なもの、いただけないわ」
眉をハの字にして首を振る。そんな表情が見たかったわけではないんだ。
「一度だけでいいから、つけてくれないか」
我ながら女々しいとは思う。
彼女は自分の爪先を見た。出会った頃は赤やグリーンで彩られていたそこは、気づけば見るたびにパープルが鎮座している。
「キバナさん、こういうの、今日でおわりにしましょう、」
「は?」
「もとに、もどりましょう」
なんて都合の良い女なんだ。
からだを慰めるだけ慰れておいて、矢印を感じれば都合よくもとにもどる。こうして2人シーツに溺れた時点で同じではないのだろうか。たしかに誘ったのはオレ様だったし、でも、おまえも拒否なんてしなかったじゃねぇか。
オレ様の頬でも引っ叩けばよかったんだよ。
次の誘いなんて乗らなけりゃよかったんだよ。
甘い色と香りに変わった口紅がきらいだ。
パープルに彩られたそれがきらいだ。
オレと並んで見栄えの良いその靴の高さがきらいだ。
シーツに沈みながら漏らす、その声がきらいだ。
そんなわかり切っていた正論を言われるのはきらいだ。
その瞳で見られるのがきらいだ。
最後にかすれた呻き声をあげた。
彼女は動かなくなった。
彼女に似合うアイスグリーンの石。それて首元を彩りたかっただけなのだ。
白壁に力なくもたれかかる彼女。床にはか細いチェーンが、千切れてしまっている。
首元をを彩るのは紫に変色したこの輪だけだった。