現パロ/24ライ/夏
緋い横顔を俺は思い出すよ
胸元に光る石を祈るように撫でてしまう事が癖になったのはいつからだろう。
「懐かしいな」
「そうですね、」
深いグリーンの車を降りて海に近寄る。波がテトラポッドに砕けて、白く散っているのが見える。向こうには水平線。ぼんやりとあかみがかってきている。
ここは付き合いはじめた頃に連れてきてもらった場所だった。菊田さんの横顔を盗み見ながらのドライブした日の目的地。横顔の輪郭をなぞり、表情のシワを観察していた、あの日から2年と少し。わたしの視界も広くなったと思う。
どっぷり水分を含んだ雲が空を覆う。いつ降り出してもおかしくはないだろう。
「映画、つまらなかったか、」
「いいえ。あのバーのシーンなんて、ロマンティックですきでしたよ」
「あそこか。あきらがすきそうだと思ったよ」
「菊田さんはアクションシーン楽しめましたか」
「ああ。かなり良かった」
映画館を出て手近なカフェに入った。チェーン店のメニューには期間限定のかき氷やフローズンドリンクが打ち出されている。ページを捲って、通常メニューからあたたかい紅茶を頼んだ。彼はアイスコーヒーだ。
「ホット?」
「映画館で冷えてしまって」
そうか。なんて言いながら、わたしの左手を包み込んだ。たしかに冷たいな、とこぼして手の甲を軽くさすってくれる。やさしい手つき。この湿度なのに乾いた手のひら。
運ばれてきた紅茶は、可もなく不可もなく、想像した通りのチェーン店の味だった。
「ねぇ、菊田さん」
「なんだ、」
「わたし、最後に海に行きたいな」
そういうと彼は目を見開き、数秒後、寂しそうにわらった。どうしてあなたがそんな顔をするの。
「来週の土曜日は空いているか」
頷く。もとより、わたしはあなたより優先すべき予定などないのだけれど。
梅雨明け間近でしょう。なんて、朝のニュースで言っていたっけ。酷いことに、今日の天気は快晴で、明日はおそらく1日中雨。
海には行きたいけど、日焼けはしたくない。なんて、付き合いたての頃、わたしのわがままから連れてきてくれたのがここだった。菊田さんは俺は水着も見たいんだが、なんて目尻を下げていたけれど、なんだかんだいつもわたしのわがままをきいてくれる。
「水遊びでもするか」
「いやよ。汚れるし」
「そうだよなぁ」
ははっとわらう彼の声のあの頃とトーンは変わらない。
わたしね、わがままは得意だけど苦手なの。
2年の月日は短いようで長かった。ただ、楽しいお付き合いが続けば良かったのに。わたしは菊田さんと一緒にいる事が一等しあわせなままなら良かったのに。彼の立場を気にせず、泣いて喚けるくらいの女の子だったら、可愛げがあったら、良かったのにね。
菊田さんとわたしは一回りほど年齢が違う。社会人数年目、揉まれ慣れてきたわたしが出会ったのが素敵な彼だった。どこかくたびれていて、でも品の良い雰囲気でセクシーな彼が気になるまでそう時間はかからなかった。わたしばかりすきで、こんなにひとを追いかけた事はなかった。一回りも違えば押しても引かれる事も多くて、それでも年甲斐もなく食いついた。菊田さんが肩をくすめてわたしの髪を撫でてくれたのだ。そのやさしい瞳はきっと、わたし以外の誰かを思い出していたのだろう。
わたしは知っているのだ。彼が最近、再会を果たしたことを。
やさしい彼は2人同時になんて愛さない。彼の瞳を見ればわかるのだ。どっちを選ぶか、どうして伝えられないか、なんて。だって、わたしはずっと彼の事を見てきたから。
だから、そんなわたしの知らない顔をする菊田さんなんていらないのだ。
「わたしね、つよいの。菊田さんがいなくても生きていける」
右手で石を撫でる。夕日が沈む海を閉じ込めたような石を彼は記念日にくれた。わたしはこのネックレスをきっと捨てられない。この夕焼けはわたしだけのものだ。
菊田さんは眉をハの字にしてわらう。
「やっぱり、おまえは夕日が似合うよ」
わたしと彼の関係は最後にそんなひどい言葉を残して終わりを告げる。
わたしはつよいけどね、でも、呼吸って難しいね。あなたのことを夏の海を見るたびに思い出すでしょうね。きっと、その度に夕日に溺れそうになるわ。