現パロ/金カ夢24ライ/お題 おにぎり
しろのはなし


 毎日8時15分頃。その人は自動ドアを潜る。昨日は水色のシャツを着ていた。ワイヤレスイヤホンをして、髪はハーフアップで括っている事が多い。たまに時間が遅れると、肩まで下ろしていて、その少し抜けたような感じがかわいいと思う。
 駅から若干離れたコンビニに出勤前に寄っていく彼女は決まってコーヒーとおにぎりを買う。食べ合わせ悪そう、とかはじめは思っていた。彼女の買い物の仕方が特徴的で覚えたきっかけもそんな事だった。
 春の日だ。平日に毎朝同じパッケージを買うOLがいた。
 初めの頃はひたすら焼鮭、海老マヨ、いくら、サーモン寿司のおにぎり、なんてだいたい1週間とちょっとのペースで食が変わっていくのがおもしろかった。毎日毎日、同じおにぎりを買うのだ。流石に飽きただろう、と思って2、3日経つと違う種類になる。
 存在に気づいてしまうと意識してしまうものだ。会計の時は、耳からイヤホンを外すところも、お金をカルトンにきれいに置くところも、他のバイトが慌てて対応しても穏やかなところも好感が持てた。
 なんとなく、気になる。
 そんな感情は次第に大きくなる。
 彼女が俺を覚えているかもわからない。急に話しかけられたら、もう二度と来ないのではないか。
 そんな足踏みをいつまでもしている。
 

 毎朝、眠い目を開けて早めに出勤をしている。職場付近のコンビニでアルバイトしている男の子がちょっとした生活の癒しだ。
 顔に大きな傷のある彼は、以前はお昼にシフトインしていた。お昼休みのコンビニはそこそこ混み合うし、同僚とカフェに赴いたりもする。たまにのお昼のコンビニで勝手に癒されていたのだが、たまたま早めに出勤したその日、彼はレジに立っていた。お昼に見かけなくなっていたから、てっきり辞めたのかと思っていた。
 それから、彼の顔が朝イチで見るために、出勤時間を早めて朝ごはんを会社で食べるようになった。
 朝、余裕が出来たことは良かった。まず、寝坊しても彼を見れないだけで済む。(これは少し落ち込むくらいには残念だ)仕事の準備の時間も十分に取れる。電車もいくらか空いているように感じる。なにより朝からすきな顔が見れる。
 熱しやすくて冷めやすい、そんなわたしが数ヶ月も毎朝少し早く起きて、彼のもとに通っている。その事実はそこそこ気持ち悪い。おにぎり女とかあだ名をつけられていたら泣いてしまう。
 名も知らぬ女に、毎日顔を拝まれていると知ったらきっと彼は気味が悪いだろうと、わたしは毎日レジに並ぶだけであった。
 「袋はいりますか」
 声も良いんだよなぁ。

 「袋はいりますか」
 「大丈夫です」
 もう何度目のやりとりだろう。彼女はレジ袋はいらなくて、レシートはきれいに財布に収納する。手渡しをすると、はやくしまおうと慌てるからカルトンに乗せて渡した方が良い。
 毎朝だ。覚えてしまった。
 「あの、」
 「え」
 驚いた顔をした。かわいい。
 「明日から新商品出るので、良かったら、たぶん好きな味だと思います」
 思った以上に俺の口はポンコツだった。初めてマニュアル以外のことを口にした。彼女も声をかけてくると思っていなかったのだろう。きれいに上がったまつ毛が数度動く。目が大きい。知らない表情だ。
 「ありがとうございます。明日の朝ごはんにしますね」
 口角を上げる彼女の表情も初めて見た。
 知らない、知らない、こんなかわいい顔をするなんて。帰り際に、いつも朝からお疲れ様です、なんて声をもらってしまった。待ってくれ、彼女も俺の事認識していたなんて、嬉しい。これが少女漫画なら背景に花が咲いている。たぶんスミレとかかわいいやつだ。
 俺は次のレジが来るまで、束の間の余韻に浸るのであった。
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