現パロ/微ホラーを目指したけど怖くない
金カ夢24ライ/キラウシ/扇風機


 彼女はこの時期が好きだった。じめっとした空気もまとわりつくような暑さも煩わしいとしか思えないのに、雨が降ればお気に入りの赤い傘が差せる。早朝はまだひやりとするから、肌をくっつけて眠ることができる。今年も近所の公園に立派な紫陽花が咲いた。
 「これで部屋干しでも勝てます」
 「何に勝つんだよ」
 前に住んでいた部屋はもともとエアコン付きだったのだが、あきらが扇風機を欲しがったため用意するに至った。部屋干しの酸っぱい匂い、いやでしょう?なんて言っていたが、それの最大の目的は風呂上がりの快適性だったように感じる。ドライヤーを嫌がって扇風機の前で髪を乾かしていたのを思い出す。

 「なんでしょう、これ」
 あの時、異変に気づいたのは彼女だった。年下の彼女の気づいたことをよく注意したり、一緒に考えたり、意見を言ってくるところを俺は尊敬している。柔らかい黒髪を揺らしながら首を傾げている。
 「どうした?」
 すぐにホコリが溜まって気になってしまうと、きれい好きの彼女が扇風機のファンカバーを外している時のことだ。
 「いや、なんか」
 白いカバーには数本、明るい色の毛が付着していた。
 「気持ち悪いな」
 「ええ…、」
 見ればファンの方にも数本絡まっていた。気持ち悪い、なんて思いながらもそれを抜き取り、ティッシュに包み捨てる。扇風機は先々週この部屋にやってきた。門倉が引っ越すからと言って都合よく譲り受けたものだ。
 もともとついていたものだろうと納得して、その日は部品からホコリを拭き取り、元に戻した。

 「キラウシさん、くっついて寝てもいい、」
 「いいぞ」
 眉を下げ聞いてくる姿がいじらしくて、左腕を差し出す。反対の手で枕もとに放ってあったエアコンのリモコンを手繰り寄せる。温度を下げてタイマーをつけた。
 「最近顔色が悪いぞ」
 「なんかね、夢見が悪いの、」
 左の二の腕にあきらの髪が、頭が乗っかる。俺の胸板に顔を寄せる彼女は相当弱っているらしい。寝巻きのTシャツをきゅと握っている。これは不安なことがある時の癖だ。
 「話すと正夢にならないって言うぞ。話せるなら話してくれ」
 彼女は頷くとゆっくり話し始めた。
 最近毎晩ね、同じ夢を見るの。
 紫陽花が咲いていて、しとしとと雨が降っている。わたしはそれを眺めているの。亜麻色の髪の女性が1人、立っているの。ずうっとこっちを見ている。わたしとその人の距離はまちまちで、なんとなく人型がわかるくらい遠かったり、横断歩道の向こうから見ているような距離だったり、公園のベンチを挟んだくらいだったりする。
 雨は最後まで止まないのだけれど、決まってその人は傘を差していないわ。どんな顔を、表情をしていたかは思い出せないのだけど、いつも何か我慢しているようなそんな気がするの。夢の長さはばらばらだけど、最後はわたしに向かって何か叫ぶの。音も思い出せないけど、何か、必死に。亜麻色の髪を靡かせてわたしとは反対方向に走っていく。それで、
 「何かに巻き込まれて、ぐちゃぐちゃになっちゃう、」
 何かはわからないけど、たぶん車とか、バイクとかそういったものな気がする。紫陽花の色が彼女の体液の色に変わって起きるの。
 「毎朝、体が冷たくなって目が覚めるの。ごめんね、ただの夢なのだけど、もう5日も同じ夢を見ていて、眠るのがちょっと怖い」
 一緒に暮らしていても、夏は暑いし、起こしちゃうとお互いに悪いし、なんて寝床を分けていたためあきらの変化に気がつくのが遅れてしまった。それも、先に手を差し伸べることもできなかったのがもどかしい。
 眠りに怯える彼女を両の腕で包み込む。背中を撫でてやれば、もっとと言われた。彼女が眠りにつくまで俺は背中を撫で続けた。俺の体温でその夢を溶かすことができれば良いのに。
 非科学的なことを信じる、というわけではないが、俺の地元では夢、というものは大事だ。上の世代は見た夢で死期を悟って準備をしたり、物事を決めたりもする。小さな背中を撫でなから、漠然とした不安を持った。

 次の金曜日、なんとなく扇風機から嫌な音がする。不快で不審な音に眉をしかめながら彼女がやっていたようにファンカバーを外せば、それはあった。
 亜麻色。
 そうだ。この色を歌った曲があったが、ちょうどこんな色だった筈だ。
 「ひっ、」
 小さな悲鳴を上げるあきらを見やれば、クマができた顔をさらに青くしていた。
 俺にしがみ付きながら口にする。
 「夢に出てくる人と同じ色をしているわ、」
 背中に冷たいものが流れる。
 21時も回っているが俺は門倉に連絡をした。すると亜麻色に、女の髪に、心当たりは全くないらしい。運良く一緒に飲んでいた土方に話がいき、日曜日その手の人間に会うこととなった。

 そいつはリビングに入るなり顔を顰めた。仰々しい、いかにもな人間を想像しいたがラフなデニムとサンダルで現れた。しかめっ面で大きくため息をつく。
 「その扇風機に女の毛が、」
 彼女は俺のシャツの裾を握って離さない。
 髪の毛以外に何か起こるかと問われたので、彼女は夢見が悪いと言った。俺と眠るようになっても、彼女は悪夢から解放されない。夜中の脂汗を掻く彼女を起こすこともあった。不思議なことが起きても、俺自身には何も起きなかった。
 顔色の悪い彼女を見て、また部屋を見渡す。
 そいつはベランダの窓を開けた。しばらく外を見渡し、なあるほどと1人納得したようだ。
 「エアコンを使うのを辞めなさい」
 「扇風機、ではなくて」
 「ああ、扇風機は関係ない。買い替えても同じことが起きる」
 なるべくはやく引っ越すことを勧められる。事故物件でもなんでもない筈だ。
 女の夢を見ただろう、とそいつは言った。
 思わずゴクリと唾を飲み込む。
 通りを挟んで公園がある。彼女の好きな紫陽花が咲き乱れている。そこが問題だ、と言う。
 そこまで聞くと彼女はハッとしたように表情を変えた。
 「あなたは、ここからそこがちょうど見える。ここから見えるってことはあちらからも見えるんだ。室外機、ベランダにあるね。そこから悪いものを吸っているんだ」
 「扇風機は、」
 「冷気を循環させる目的もあっただろう。そういうことだよ。お嬢さんは扇風機の前にいることも多かったんじゃないかい」
 彼女は風呂上がりに扇風機で髪を軽く乾かしたりしていたことを思い出した。それで悪い気が溜まったらしい。
 その日はそいつに部屋と彼女のお清めをしてもらった。
 「あの人、浮気で揉めていたみたい」
 「夢に出てきていた女が」
 「そう、なんとなくね、色々わかったわ」
 「そうか」
 色のない目をする彼女の背中を撫でる。引越しを機に、俺たちは寝室を一緒にした。俺の左側で眠る彼女はあれ以来魘される事はない。背中を撫でれば胸にすり寄ってくる彼女が可愛くて仕方ない。
 怖がりで、少し気が強い、外面の良いあきら。そろそろ俺と籍を入れてくれないだろうか。
 あれ以来あきらの携帯から、男の連絡先が減り、俺はほくそ笑んでいる。
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