がちゃりとお互いのそれは音を立てた。
あまりにも格好がつかない様に、時間が止まる。赤羽くんはゆっくりと顔を引いて、サングラスを外した。
同じクラスの赤目の彼はちょっとした有名人だ。赤髪赤目にサングラス、ギターを背負っている運動部なんて、なかなかいないだろう。派手な彼は運動神経も頭も良いようで学年の女子が彼を見る目は熱い。
「そのグッズ」
「へ?」
関西の学校から戻ってきた赤羽くんは帰り支度をするわたしに声をかけた。彼に挨拶以外で声をかけられる事なんて初めてで、驚いたのを覚えている。
アメフト部の彼と文化部のわたしの接点は席が隣というだけだった。わたしのスクールバッグについているピンバッジに赤羽くんが気づき私たちの交流は始まった。
マイナーバンドのファンに、まさか学校で出会えるなんて。そこからわたし達の距離感は変わり、おすすめの曲を貸したり、CDショップを巡ったり、一緒にライブに行くまでになった。気づけば2人で過ごす時間が増え、なんとお付き合いする事になった。この地味なフレームの眼鏡のわたしが、お洒落なサングラスの彼と。
お付き合いを始めて2ヶ月。彼の華やかな見た目とは違い2人の関係はゆっくりと進んでいった。
1つ、1つだけ不満があるならばキスをしていない事。そういう触れ合いを意識するような雰囲気にもならないことが、少し、少しだけ不満だ。地味なわたしも、多感な思春期なのだ、すきな男の子の唇に想いを馳せたりもする。少女漫画に憧れたりもする。
赤羽くんの部屋でライブの円盤を観ていた。一人暮らしの部屋は、見渡す範囲に彼の生活のおおよそがある。そう思うと、いつもそわそわとしてしまう。今座っているベッドだってそうだ。2人並んで座っているが、彼がここで眠りにつくと思うと、なんだか、落ち着かない。
彼の唇に触れたい、なんて想いを抱えたまま、落ち着いて動画を見ることはできず、気づけばライブは終わっていた。
「赤羽くん、あのさ」
「なんだ?」
「わたし、その、えっと、」
いつも以上に歯切れの悪いわたしを彼は待ってくれている。
「キス、をね、してみたいのですが、どうでしょうか」
「、」
そりゃあ固まるよね。地味なわたしからそんな事言われたら驚くだろうし、もしかしたら引かれてしまったかもしれない。やだなぁ。気持ち悪いって思われたりしたらもう学校に行けない。
なけなしの勇気を込めた言葉の語尾は萎んでいき、わたしの視線も床に落ちていった。赤羽くんの部屋は、いつも綺麗だな、一人暮らしなのにすごいな。なんて現実逃避を始める。
「君は」
「はい」
「そんな、熱のこもった顔をするな」
赤羽くんの指先が頬に触れ、わたしは顔を上げた。赤羽くんこそ、なんで、そんな切ないみたいな表情をしているの。
「していいのかい」
「したいって、言ってるじゃん。バカ、」
緊張しすぎて涙目になってきた。
「俺も君に触れたかった」
赤羽くんの顔が近づいてくる。まつ毛長いな。レンズと瞳の色が混ざってきれいだ。
ああ、心臓が暴れている。口から出てしまいそうだ。顔があつい。えっと、目を閉じれば良いのか。ドラマとかだと閉じてた。どのタイミングで。わかんないけど、いいや閉じてしまおう。
自分から言い出しておいて面白いくらいにがちがちだった。この逆流しそうな心臓、赤羽くん、気付かないで。
がちゃりとお互いのそれが音を立てた。
あまりにも格好がつかない様に、時間が止まる。赤羽くんはゆっくりと顔を引いて、サングラスを外した。
「仕方ないだろう。俺だって初めてなんだ」
彼はいつもの様に息を吐く。あの赤羽くんが少し拗ねたような顔をするなんて、こんなかわいい顔、きっと、わたししか知らない。耳元が髪と同じ色に染まっているのは、秘密にしておこう。
赤羽くんは硬直するわたしから眼鏡を抜き取った。