現パロ
「待って、白石くんずるい」
「ずるくないよぉ。持ち物は工夫しなきゃ」
白石くんは悪戯っぽく笑うと、また画面に視線を戻した。さっきの一撃で白石くんを沈めるはずだったので、もう良い手が思いつかない。白石くんのキャラクターがわたしにダメージを与えてバトルは終了した。
「また負けたぁ」
「そろそろごはん作ろっか」
「そうだね」
抱いていたクッションを定位置に投げる。
「お姉ちゃん、今日は定時に帰れると良いね」
「久しぶりに3人で夕飯食べたいしね」
白石くんは居候だ。お姉ちゃんとの関係はよくわからない。わたしがこの部屋に住む事になったとき、「ペットみたいなひと」とお姉ちゃんは言っていた。白石くんはきゅうんと鳴いて、ちょっと寂しく笑っていた。大学入学を機に転がり込んだわたしと、白石くんは同居人としてなかなかうまくやれているのではないだろうか。
お姉ちゃんは今日も朝から出勤していたった。残業で遅くなることもあるけど、用意しておいた食事はちゃんと食べてくれて嬉しい。
白石くんはたまにアルバイトをしたり、パチンコをしたりしながらお料理やお掃除をしている。今日はわたしも講義が無く、2人ともお休みだったので一緒にダラダラとしていた。白石くんはダラダラするのがとても上手で、一緒に過ごすと罪悪感を持たずに1日を終えることができる。
「お姉ちゃん、もうすぐ繁忙期終わるって言ってた」
「6月だもんね。あの会社毎年忙しいみたいだよ」
「そうなんだ」
こうしてたまに2人で姉のいない姉の部屋で過ごすが、彼はわたしの知らないお姉ちゃんを知っている。わたしは白石くんとお姉ちゃんがいつ出会ったかも、どんな関係なのかも、いまいち、わかっていない。
白石くんがお姉ちゃんの話をするとき、彼はとてもやさしい目をしている。
白石くんはお姉ちゃんのこと、すきなんだろうな。
白石は妹と随分と打ち解けたなぁと思う。わたしの居ない日は2人で留守番をしている事もしばしばある。大学からの付き合いだが、わたしの部屋に転がり込んで来たのは最近の事だ。
失恋を慰めてもらったり、ラーメンを食べに行ったり、一緒に映画を観たり。うちに来る前も今も大して距離感が変わらないのが少し、ほんの少し、悔しい。
「泊めてくれない?」
なんて、家賃が払えず転がり込んで来たときはため息をついた。友人の家を転々とする、という彼を家事をやるなら、と引き止めたのはわたし自身だ。勢いで出て、少し後悔した言葉に彼は、いいのぉ、なんて甘えて返してきたときは安心してため息をついた。
帰路を歩く中、メッセージの通知が届く。
牛乳買ってきて
今日の夕飯はなんだろう。きっと今頃2人で狭いキッチンに並んでいるのだ。
うさぎの踊る了解のスタンプを飛ばして、スーパーに向かった。
どんなに近くにいても、白石はわたしの気持ちに気づいてはくれないのだろうか。
「おいしそう」
「ふふふ、2人でがんばったもんね」
「ね」
帰宅してシャワーと着替えを終えた彼女をテーブルに着かせれば目をきらきらとさせた。今日はグラタンを作ってみた。途中で牛乳がない事に気づき、彼女に買ってきてもらったのだ。
久しぶりの3人での夕飯は会話が弾む。
大学生活にも慣れてきてアルバイトを増やすか悩むとか、今日はたまたま同じ部署の人間がお揃いのネクタイになっててみんなで笑ったとか、話題は尽きない。
夕飯後妹ちゃんは友だちと電話すると言って自室に引っ込んでいった。
「杉元達が夏、バーベキューしないかだって」
「えっ、したい。美味しいお肉いっぱい食べたい。明日子ちゃんもいるよね」
「杉元がいるからいるだろ。たぶん」
「やったぁ」
俺は彼女の事がすきだし、妹ちゃんのことも気に入っている。
彼氏に浮気されてやけ食いする彼女も、年季の入ったラーメン屋で喜ぶ彼女も、妹ちゃんと3人で食事するときの彼女も全部かわいくてたまらない。
彼女とのぬるくて居心地の良い距離を詰めてしまいたい。彼女とこのままでいたい。彼女の特別になりたい。色んな矛盾を孕んだまま彼女達と生活をしている。
労働で疲弊した彼女は毎日、パンプスと一緒に外の顔を脱ぐ。居候を始めて知った事実は当初俺だけが知っている彼女、として胸に深く刺さった。朝が弱くて目覚ましが3回以上鳴るのも、ワイドショーの占いで一喜一憂するのも、転がり込む前は知らなかった事だ。
いつかは出ていかなければならないが、今の関係に甘えていたい、なんて思っている。
「そういえばね、今日お客さんがさ、」
少し言いにくそうに、眉を下げて口を開く彼女に、彼女が弱味を見せるのが俺だけならいいのに、なんて薄っぺらい独占欲を笑顔に隠した。