現パロ/なんでも許せる人だけ
先輩の尾形さんについて外回りをしていた。初夏というには、いささか暑すぎる気がする。
むあっと淀んだ17時台の車内は冷房の当たるところと、人と密接するところの温度差が更にわたしを不快にさせる。
「直帰で良いらしい」
「本当ですね。良かった、今日は暑くて疲れたのではやくスーツ脱ぎたいです」
「そうだな」
わたしの方にも課長からメールが届いていた。報告書は週明け。思いの外はやく仕事から解放されたわけだ。
右手に持っているスマホにメッセージアプリの通知が入る。尾形さんだ。
『今日の夜は空いているか』
目だけ動かし、尾形さんをみればそれに気づき「どうした?」と低い声を出した。いえ、と口を動かし手元に視線を戻す。
『特に予定ないです。金曜ロードショー観るくらいしか』
『暇だな』
『そうですね』
次の停車駅に着き、反対側のドアから人の波が押し寄せてきた。車内の密度が上がる。ぎゅうぎゅうに押し寄せてくるスーツの集団に流されてしまう。そんな中尾形先輩はわたしの腰をぐっと引き寄せた。ドアの横の部分で尾形先輩が乗客の盾になる様な体制だ。
「ありがとうございます」
「いや、それにしても人が多くて嫌になる」
「そうですね」
また右手が反応する。
『今日、家来いよ』
『今日は疲れたのでゆっくりお風呂に浸かりたいです』
『このクソ暑いのにか』
別にわたし達は付き合っているわけではない。うっかり直属の先輩とワンナイトしてしまいずるずると関係が続いているだけである。このちょっと気怠げな雰囲気にわたしみたいな女は弱いのだ。何を考えているかわからない人間に欲を見せられ、うっかりハマってしまった。
『尾形さんといてもあついことには変わりませんよね』
がたん、と電車が揺れる。それに合わせて尾形さんがわたしの方に身を寄せた。
「あっ」
「なんだ?」
「…いえ、なんでもないです」
「そうか」
なんだ、ではない。白々しい。尾形さんはそれを当てている。こっちは彼のシャツにファンデーションがつかないように気を使っていたのに。視線だけ投げ掛ければ少しにやにやとしている。やってる事は変態だし、最低だ。
『なぁ、家来るだろ』
『他のセフレにしてください』
『他に女いねぇよ』
嘘をつけ、受付のかわいい子にアピールされてるのも、さっきのメーカーさんにごはん誘われてるのも知っている。別にわたしでなくても良いはずだ。
尾形さんが押し付けてくるから、形を思い出してしまう。尾形さんが近いから、においで夜を思い出してしまう。尾形さんがなんでもないような表情をするから、視線が欲しくなってしまう。
「なぁ、来るよな」
尾形さんがそんな低い声を耳元で出すから、わたしは頷いてしまう。