現パロ/元カノシリーズ


 先日、彼氏と別れる事になった。
 そこそこ長く続いてはいたが、日々のすれ違いというか、お互いが一緒にいる事に甘えすぎていたというか、お互いの善意を当たり前に捉えるようになってしまったのがいけなかったのだろう。
 「お金と準備ができたら出て行くから」
 「ああ、」
 基さん、いや、月島さんはもうわたしに興味もないようだ。彼の部屋に住む事になった時、自分の部屋は引き払ってしまっていた。余計なものはその時に捨てたり実家に送ったりしたけれど、なんだかんだ服や本は増え、この部屋を侵食していった。実家は地方だから転がり込む事もできないし、数週間、もしかしたら数ヶ月家無しになるなら、さすがに友人の家に転がり込むわけにもいかない。

 元々こざっぱりした部屋だった。こだわりの無さそうな衣類や家具家電、仕事で読んだのであろうビジネス書、後は彼の体を仕上げていく筋トレグッズ。この欲のない部屋に、白いラグを敷いたのも、スリッパを用意したのも、漫画を置いたのもわたしである。

 それからの月島さんとの暮らしは穏やかで少し寂しいものだった。ちゃんと料理をしなくて良くなったので、夜にお米だけ炊いて、おにぎりだけ持って仕事に行ったり、夕飯は友だちと食べて来たり、会社が副業可だったため、単発で派遣に勤しんでみたり、出勤時間をわざわざ合わせることもなくなった。
 ただ、眠っていると隣に温もりがある事だけは変わらなかった。
 同じ家で暮らしていても、合わせなければ一緒にいる時間はこうも減るのか、と少し感心した。

 「ただいま」
 「おかえりなさい」
 挨拶だけはちゃんとしている。
 声がするものの玄関から部屋に入ってこないのをどうしたものかと思いリビングからそちらへ顔を出す。月島さんは玄関で靴も脱がずにこちらを見ていた。
 「…ちょっと来い」
 来い、とはなんだ。とは思ったものの、相当お酒を飲んでいるようで、酒気を帯びているのがこの距離からでも伺えた。そういえば今日は花金か。こんな状態の彼は初めて見たかもしれない。
 「ん、」
 ん、ってなんだ。玄関の段差のせいでわたしの方が少し身長が高くなっている。彼とほとんど同じ目線だ。月島さんは控えめに腕を広げている。
 「えっと、」
 「はやく」
 と、言うや否やわたしの背中に手を回し重心を傾けた。そのままわたしは月島さんに腕を回してしまう。数週間ぶりに包まれる彼の匂いや体温。アルコールで代謝が上がってるのだろう。少ししっとりとしているし、汗の匂いがする。
 「ずっと我慢してた」
 「夜も、寝てる姿見ながら抱きしめたかった」
 「起こしてキスしてめちゃくちゃにしたかった。でも、お前はもう俺の名前も呼んでくれない」
 言いたいことを言ったようで、わたしの首筋に顔を埋めている。呼気が当たってくすぐったい。
 「なぁ、」
 「なんですか、月島さん」
 「名前で呼べよ」
 いつもはそんなとろんとした表情浮かべないくせに。ベッドでもそんな甘えたような、体の中にコンポートでも詰めてるような表情、したことないくせに。
 「なぁ、」
 「はじめ、さん」
 「ああ」
 なんとも満足気な酔っ払いである。
 そろそろリビングに行きましょう、と促すと素直に付いてきた。なんなんだ。今日の月島基さん、わたしの知らないひとみたい。
 ジャケットをハンガーにかける。これだけ飲んでるなら、もう今日のうちにシャワーを浴びるのは無理だろう。スウェットを渡せばのそのそと着替えだした。ぼうっとソファに座っているのでお水を渡す。お礼を言われる。酔っていても、こういうところは変わらないのか。
 「来週、行くのか」
 「ああ、うん。内見ね。有休取る予定です」
 「そうか」
 一応、貯金もあったし、派遣も微々たるといえばそれまでだけど、一人暮らしならもう少し食費を削ったりもできる。
 基さんは相変わらず煮詰めた果実みたいな目でわたしを見てくる。
 「セックスしないか」
 「は?」
 「だから、セックス。ここでも良い。ベッドが良いならそっちで良い」
 いや、ベッドが良いけど、このひとは突然何を言い出すんだ。
 「わたしたち、別れましたよね」
 「ああ」
 「わたし、彼氏以外とはしません。そういうこと」
 「そうだな」
 別に基さんには、別れた男にも股を開くような女だと思われていたわけではないらしい。この酔っ払いはなんなんだ。
 「なんで、出て行くんだよ」
 「それは、わたしたち、もう別れたから。恋人でもない男女が一緒に暮らすのは、ちょっと、わたしにはきつい」
 「出て行くな。ここにいてくれ」
 「は、」
 お互い納得して別れるに至ったはずなのだ。それを、どうして、そんなに縋るような声を出すんだ。

 基さんはまた、わたしを抱きしめる。基さんの鼓動がわたしの胸に溶けていく。
 回った力が弱まったと思えば、顎が救われた。
 アルコールの味のする舌がわたしのそれを追い立て、絡めとる。彼の片腕はわたしの後頭部に充てられる。基さんとのキスはいつもわたしを溶かしてしまう。目蓋を開けば基さんは先ほどとは違う熱のこもった目でわたしを見ていた。
 いろんな意味でとけてしまいそうだ。
 わたしは思い切り基さんのお腹を突き放した。思いの外簡単に拘束は外れる。
 「素面の時に言ってくれたら考えてあげます!」
 わたしは寝室に逃げ込みタオルケットを被り一晩を過ごした。基さんはもう酔いが醒めていて、ばっちり覚えていた。明けて土曜日、彼はわたしにべったり詰め寄ってくるのだった。
 内見の予定、キャンセルしなければ。
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テーマ「人外ファンタジー」
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