現パロ


 「それ、いい加減やめません?」

 その言葉にわたしは箸から唐揚げを落とした。取り皿に着地するも、ああ、お醤油が跳ねた。拭かなきゃ。
 揚げ物が人気のこの店は今日も賑わっている。つやつやの床を若い店員が元気に返事をしながら動き回っている。壁一面に手書きで書かれたメニューはすべて千円以下で学生にも、給料日前のわたし達にもやさしい。煌々とした明かりの中、サラリーマンが仕事の愚痴を言ったり、若い集団が高い声で笑いあったりしている。
 通された席は半個室のような空間で、四方が仕切りで囲われていた。個室ではない分緊張しないし、仕切りがある分話しやすくて気に入っている。わたしのビールは汗をかいていて、テーブルを濡らしている。宇佐美くんのグラス、もう空くなぁ。

 「先輩。秋山先輩。聞こえてます?」
 「あ、うん」
 少しぼうっとしてしまったようだ。

 宇佐美くんはわたしが教育担当した後輩で、月に数度ご飯やお酒を共にしている。懐に入るのがうまいというか、今日は〇〇が食べたい気分です。なんて言われれば、なんだかんだ終業後も一緒にいる事が増えた。
 鶴見部長の事が好きすぎて、たまに常識を投げ捨ててしまうが、わたしにとっては基本的にかわいい後輩だ。

 「先輩、第一印象とギャップがありすぎるんですよ。絶対街コンとか合コン向いてない」
 「うっ」
 「ふわふわした服着て行ったんでしょ」
 また、どーせ、なんて言いながらグラスに残ったアルコールを煽った。
 かわいい後輩ではあるか、まぁ、少し刺がある。仕事もバキバキこなすし、なんだかんだ宇佐美も第一印象というか、外面と中身のギャップが大きい。
 「もう何回目ですか」
 「街コン4連敗中です…」
 「ほらぁ」
 先輩、ビールですか、ウーロンハイですか、なんてわたしのジョッキにまだ液体が居座ってるが聞いてくる。いや、飲むけど。かわいくない二択だとは思う。
 「ウーロンハイで…」
 「はーい。注文いいですかー!」
 慣れたように通路側の彼は、通りがかった店員にわたしのウーロンハイとジントニックを頼んだ。
 「宇佐美くんは、女の子に苦労した事なさそう」
 「なんですか…。ひがみですか。みっともないですよ」
 基本的に外面の良い彼は社内でもやっぱり人気があるのだ。彼についてあれこれ聞いてくる他の部署の人間は多い。
 「先輩はとりあえず街コンと合コンやめるた方が良いです。今のところ連敗だけで済んでますけど、そのうちつまみ食いとかされますよ。がんばって街コン来てたんだなぁっていうのがバレたら」
 「げっ」
 それこそ立ち直れないなぁ。
 持ってこられたウーロンハイを受け取り、空のジョッキを渡す。今日はこれで最後にしよう。宇佐美くんは、なにやらスマホを触り出した。珍しい。
 「なに、女の子?」
 「先輩見ます?どうぞ」
 スマホをわたしの目線に持ち上げて画面を向けてくれた。よく見えない。ずいっと画面に顔を近づけたときだった。
 「えっ」
 反対の手でわたしの後頭部を押さえる。
 わたしの唇を彼のそれで塞がれた。
 なにこれ。
 わたしは驚いてうっかり口が半開きになる。それが悪かった。ぬるりと長い舌がわたしの口内を犯す。歯列をなぞり、逃げる舌を捕まえて絡める。上顎をくすぐる。揚げ物とアルコールのにおいがする。あと、これはたぶんタバコ。宇佐美くん、そういえばわたしの前だと吸わない。
 最後に、ピリッと痛みが走った。なんで唇噛んだのよ。
 壁にだらしなく寄りかかり、息を整える。
 「…これはつまみ食い?」
 「どっちだと思います?僕のになったら教えてあげますよ」
 いやどっちなのさ…。
 彼の特徴的な口元には、わたしのものであろうグロスと血液が付着している。
 宇佐美くんの上気した頬とその唇が妙に色っぽい。うーん、えっちだな…。
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テーマ「人外ファンタジー」
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