現パロ
思わずついてしまったため息がイヤになる。
この2ヶ月でまた馴染んでしまった匂いを肺いっぱいに吸い込む。喫煙の利点の1つに場を抜ける事ができる点があると思う。
「珍しいな、二次会までいるの」
「ああ、尾形か、」
同期がライターを探しながら店から出てきた。
尾形とわたしは大きなプロジェクトを終え慰労会として開かれた宴会に参加していた。なにかと飲みたがる会社である。わたしはいつも一次会が終わるとそそくさと帰ってしまうのだが、今日は二次会のカラオケまできていた。
「尾形も珍しく付き合い良いじゃん、なんかあるの」
この男は飲み会自体の出席が珍しい。おかげで後輩の女性陣が念入りに化粧を直したりと、会社のお手洗いは大変密度が高かった。
「金曜だし、たまには、な」
「ふーん」
ぼんやりと吐かれる紫煙と週末という事も相まって、少し疲れた部分が顔に出る彼は良い絵になっていた。わざわざ煙たいところには来ないであろうあの子たちはこの情景を知らないのか。勿体ない。
「で、お前はどうしてカラオケまで来たんだ」
「あー、うん。なんか帰りたくなくてねぇ」
煙を吐き出しながら尾形はなんとも興味なさげに相槌を打つ。
飲み会自体は嫌いではないのだが、会社の、となると別なのだ。社内の空気は悪くないがやっぱり仕事以外で共にするのは疲れてしまう、というのがわたしの感じるところである。
今日ももちろん帰る気だったのだ。
「未だに1人の部屋に慣れないとか、そんな感じ、うん」
短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
「別れたって言ったじゃん。もう、2ヶ月近く経つのに1人の部屋に帰るのか、なんか、情けないけど寂しい、」
尾形は鼻で軽くわらった。みっともないのもわかってる。でもひどいなぁ。
「まだ引きずってるのか。未練ったらしいな」
「うるさい、ほっとけ」
本当なんなんだ。強がる事しかできない。
別れを告げたのもわたしだったし、お互い帰る家は別だったのだ。ちょっと長く続いて、私物が増えて、半同棲みたいになってただけだ。わたし、結構身勝手な女だったんだとこんな風な自覚したくなかった。寂しいのだって、きっと、別に彼がいないから、ではないとわかってる。
尾形もタバコを灰皿に押し付ける。
「お前は勝手だよ」
「尾形本当、今日うるさいよ」
「今からお前の家行くぞ」
「は?」
「逃げんなよ。鞄取ってくる」
「ちょっと、何?待って」
尾形は店内に戻っていった。
なに、家に来る。なんで。
ぐるぐる考えてもよくわからない。わたしたち、タバコふかしてただけじゃない。どっちが勝手よ。
すぐに尾形が戻ってきて思考の整理も追いつかない。片手を取られて、通りまで引っ張られる。お店に戻ろうにも、鞄は尾形が持っている。
「乗れ」
あれよあれよとタクシーに押し込められた。
「住所は、」
「えっ」
「いいから」
思わず答えてしまう。流されすぎではないだろうか。
尾形はわたしの左手に触れてきた。指を絡ませる。
「撫でないで」
「安心しろ。日曜日まで寂しくないから」
すりすりと手を撫でながら、黒い瞳で見つめられる。くらくらしてきた。