現パロ
お風呂で金魚を飼ったことがある。
駄々を捏ねて手にしたポイは呆気なく破れてしまった。幼いわたしは想像と違うと眉を寄せた。屋台のおじさんは手に持った器で赤い子を掬ってわたしに差し出す。
ビニールに入った金魚はきらきらと屋台のひかりを反射してきれいで、赤い金魚はかわいくって、幼い手の中にあるそれにはしゃいで夜道を歩いた。
水槽を用意できるまで、洗面器と浴槽を交互に使った。薄く水の張られた浴槽にいたあの子はなんだか特別寂しく見えた。
水槽が用意出来てから数ヶ月、お祭りで出会った金魚は冬を迎える事ができなかった。
◇
背中にじっとりとかいた汗が気持ち悪くて目が覚めた。
「おかえり、」
いつの間に帰ってきていたのか、隣りには彼が眠っていた。起こさないようにそっと声をかけてベッドを出る。なんだか喉が渇いた。
なんとなく付き合うような感じになり2年、ずるずる同棲して1年、最近彼とまともな会話をしたのはいつだっただろうか。2人とももう社会人なのだ。職種が違えば、生活にすれ違いが出るのもわかっていた。
キッチンの明かりを付ければ、シンクに尾形の食器が水をかけて置いてあった。小さくため息をついてしまう。グラスを1つ出し、麦茶を注ぐ。冷えた麦茶はなんとなく、現実に戻してくれるような気がした。
なんとなく、で始まったわたし達はどこに終着するのだろうか。1人の時間が多いとそんな事を考えてしまう。付き合って、はいるらしい。
グラスをシンクに置き、食器類と一緒に水をかけた。なんだか、洗う気は起きなかった。
「ごめん、起こした?」
「いや…、なんだ、泣いてるのか」
「うるさい、」
のそのそとベッドに横になる。なんだか顔を見せたくない。尾形に背を向けてブランケットをかけた。
「なに、」
髪の毛がそわそわする。
ゆっくり尾形の手のひらがわたしの髪を撫でている。なんだかよくわからないけど、その体温がちょっと悔しい。
「わたしさ、」
「なんだ」
「思ってたより、尾形の事すきだよ」
手が止まる。離れる。
「…なんだか、最近駄目なの」
尾形のぬるい体温がすき。意外としっかりとした体つきがすき。その整髪料のにおいがすき。寒がりで冬は擦り寄ってくるところがすき。そのくろい瞳にわたしを映してくれるところがすき。
わたしが、駄目なのか、わたし達が駄目なのかはわからない。この曖昧な関係を続けるには、わたしはこの人の事を求めすぎている。
「結婚、するか」
「、」
息が止まる。尾形の低い声がわたしの耳を擽る。
「なんか、言えよ」
「…本気、」
「嫌か?」
「嬉しい」
「そうか」
尾形の腕が首の下から差し込まれる。ぎゅっと距離を詰められ、抱きしめられる。頸に彼の呼気を感じた。あたたかい。
「俺はおまえのにおいが落ち着くんだ」
頭の中はごちゃごちゃするし、未だ混乱している自覚がある。
初めて、初めてなのだ、わたし達の関係に名前をつけてくれた。
こんなに嬉しいことはない。
「うう、」
「まだ泣いてるのかよ」
「うるさい、」
ねぇ、と声をかければ彼はくっつけていた頭を離した。
「そっち見たい」
ゆるゆると腕が離されて、二の腕に体重をかけないようにそっと体を反転された。
「ふふ、」
「泣いたり笑ったり忙しいな」
「尾形のせいだよ」
彼はそれに、そうか、とだけ返した。
わたしはもうたまらなくなった、ぐちゃぐちゃの顔のまま彼にキスをした。