名前を知る

着物なんて自分一人で着るもんじゃないな、と現代っ子なわたしは思う。とりあえず着れたからいいんだけど。帯はちゃんと結べているだろうか。まあ脱げないし、大丈夫だと信じよう。渡された着物が男物だったので、帯も意外と簡単に結べた。どうして女のわたしに男物を渡したのかは謎だが。あれか、わたしが女らしくないってことか。なにそれつらい。慣れない着物をなんとか身につけると、そんなことを考えながら部屋を出る。


「お待たせしましたー」

「良かった、一応は着れてますね」

「ぎゃあああああお化けええええ」


本日二度目の絶叫である。だからさ、待ってるっていったって扉の目の前はダメだと思うの。想定外だから!ビビるから!「それ、わざとやってるわけじゃありませんよね」と睨まれれば、慌てて首をブンブンと横に振る。


「ほんとすいません!わたし、グロいのとか幽霊とかは平気なんですけど、こういうドッキリ系は苦手なんです」

「そうなんですか。でもさっき、お化けええええって叫んでませんでしたっけ」

「さっきはさっき、今は今です」

「都合のいい人ですね。…でもまあ、グロいのが平気というのはこちらとしても好都合なのでいいでしょう」

「え、それってどういう意味ですか」


いまサラッと恐ろしいこと言わなかったか、この人。グロ耐性あったほうがいいってどういうことなの。思わず真顔になってしまったわたしの心の中を見透かしているかのように、切れ長目の彼は仏頂面を崩すと、少しだけ口元を緩めた。


「何でもありませんよ、お気になさらず。そんなことより、いつまでもこんなところで立ち話をしていては時間の無駄です。さ、私についてきてください」

「ちょ、待ってくださいよ!」


そうきっぱり言い切り、くるりと背を向けて歩き出そうとする彼の着物の袖を、わたしは無意識のうちに掴んでいた。


「あの、1つだけ教えてください」

「何でしょう」

「あなたの名前です。呼ぶに呼べないのは不便なので」

「嗚呼、これは失礼しました。私の名前は鬼灯ですよ、名前さん」


「なんでわたしの名前を!?」

「さあ、どうしてでしょうね」

そう言って、わざとらしく小首を傾げる鬼灯さん。男だというのに無駄に妖艶で。その姿に少しだけドキリとしたのは内緒にしておこう。



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