室内には紙を捲る音だけが響いてまるで世界から隔離された場所にいる錯覚を生み出す。それが錯覚だと思い込んでいた少女は気付かない。それは錯覚などではなく、現実に…今、将に世界から隔離されているのだと―――


…そんな事が思える程静かな場所だったら良かったのに…と、心の底から思った。しかし現実はそれ程甘くない事を彼女は知っている。


彼女の為に与えられた和室の外からはこの家の今の主である幸村と隣の家の住人である政宗が何やら騒ぐ音が先程から絶えない。


静かに読書がしたかった…


そんな事を思ってもこの家の今の主である幸村にそんな事が言えるはずもなく、物語が中盤へと差し掛かった読みかけの本を静かに閉じた。


信玄さん、いつ頃帰ってくるって言ったかな…


する事が無くなった彼女が考える事はこの家の真の主である信玄の事だ。数ヶ月前に山にこもる、と言ったきり帰ってこない。普通なら捜索願を出す所だがこの家の人にとってはごくごく当たり前の事なので数ヶ月帰って来なかろうが一年帰って来なかろうが誰も心配しないのだ。逆に数日で帰って来ようものなら住人から近所の人まで挙って心配する。そんな人なのだ。


私も、ここに来たばかりの頃は凄く心配したっけなー…


まだ深零がこの家に来て間もない頃、信玄が数ヶ月家を空けた事があった。最初の数日間ならまだしも、信玄が何日も何週間も帰ってこないのだ。流石の深零も心配になって佐助に泣きながら"信玄さんが帰ってこない"と言ったのだ。佐助は"あ、深零ちゃんは知らないんだったね"と信玄さんが何日も何ヶ月も帰ってこないのは当たり前だと聞かされた。今となってはいい思い出になりつつあるが当時の深零にとっては不愉快極まりない事で顔を真っ赤にして泣きながら散々佐助に文句を言ったのを覚えている。


その時の佐助は深零を泣き止ませる事か教えなかった事に対する文句に謝る事のどちらをすれば良かったのか分からず、泣きそうな顔をして幸村を大声で呼んで助けを求めていた。


「猿飛さんは何時でも可哀想な人なんだなぁ…」


ふと、同情とも貶しているともとれる言葉が口から洩れた。


―――ハックシュンッ!!


家のどこか…音の方向から考えて台所から大きなくしゃみの音が聞こえた。気がした。
気がした、というのはそのくしゃみの原因が多分私でその事実を肯定したくなかったからだ。そもそも、噂をすればくしゃみをするなんて迷信に近いのだけれども…


ふと、気が付いた。あれだけ煩かった…騒がしかった外の二人がいつの間にか静かになっていた。何事か、と思って時計を見たら三時になる少しだった。ああ、成る程。おやつか。幸村の性格からしておやつを食べたいが故に騒ぐのを一方的に止めて家の中に入ったのだろう。そしてちゃっかり一緒に食べよう、というのが政宗の考えてだろう、と勝手に予測した。予測した所で自分は一人で何をしてるんだ、と気付いた。これを口に出していたら相当恥ずかしい。さらにそれを誰かに聞かれていたら尚更恥ずかしい。頭の中だけで良かった、と密かに思った。


時計の針は三時丁度。そろそろ呼ばれるだろうと思い、自主的に下へ降りようと部屋を出て行く。階段を降りようとした所で深零を呼びに来た佐助に会った。


「お、今呼ぶ所だったよ。」

「知ってます。」

「あらー知ってるだなんて愛の力が無かったら出来ない事だねー!俺様感激っ!!」


いつも通り煩い猿飛さんを華麗にスルーしてやった。信玄さん、深零はスルースキルを身に付けました…!誉めてください!


「ちょっと深零ちゃん!!スルー!?スルーなのっ!?それ地味に心に突き刺さるから止めてっ!!」


猿飛さんの悲痛な叫びは無視でいいですよね?スルーが嫌なんでしょ?なら無視でいいじゃない。


「いや、それ声に出てるから!!思いっ切り声に出てるから!!」

「えっ…!?私ったら、ついっ…!」

「そんなに可愛らしく反応しないでっ!!マジでそこだけ見れば可愛いけれども!!実際やってる事残酷だから!!」


…そろそろやり取りに飽きてきた。


「今日のおやつ、何ですか?」

「……今日はガトーショコラだよ…」


会話を強制終了させた事が悲しかったのか、猿飛さんは静かに涙を流していた。


「ほんとっ!?大好き!!」

「えっ!?俺様の事っ!?」

「ガトーショコラ!!」

「ですよねー!!」


分かってたよ!!分かってたけどさぁぁぁ!!とか意味不明な事を叫んで猿飛さんは台所の方に走っていった。居間では今の私達のやり取りが聞こえたのか政宗が爆笑していた。ガトーショコラをお皿に乗せてきた猿飛さんの目元はうっすらと赤くなっていた。どうやら本気で泣いたようだ。可哀想に。

泣いた原因は私なんですけどね。






教訓2:我が家の同居人に愛を求めてはいけません




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