俺が冗談を言うと口元に手をあててクスクスと笑う彼女が好きだ。俺の料理を心底美味しそうに食べる彼女が好きだ。 その他にも上げていくとキリが無いけれど、とにかく、彼女が好きだ。 「すずや!」 「ん?何だ?」 「あのね、あのね!」 ひょこひょこと小走りに俺に近付いてきて何やら嬉しそうに話し出す彼女。その可愛い笑顔を見ているだけで顔の筋肉が徐々に緩んでいくのが分かる。 「今日の授業中にね、」 彼女が話し始めたと同時にタイミング良く鳴り響く携帯の無機質な音。聞き慣れたそれは俺の物だった。 「おっと、ごめん…」 「あ、気にしないで。出て良いよ?」 マナーモードにし忘れていたみたいだ、そう言おうとしたのにそれは彼女の言葉によって遮られてしまった。 「どうしたの?早く出ないと電話、切れちゃうよ?」 「あ…ああ。」 通話ボタンを押し、携帯を耳にあててもしもし、と言うとかなり焦った哉太の声が電話越しに聞こえた。 『錫也っ!大変なんだよ!月子が熱あるのに無理して学校来ててっ!ぶっ倒れたんだよ!』 "とりあえず今すぐに保健室に来い!" そう一方的に告げて電話はブツン、と切れた。 くいくい、と遠慮がちに俺の制服の裾を引っ張る彼女の言おうとしている事は分かる。 「あの…さ。月子が…」 「うん。分かってるよ。だから早く行ってあげて?」 哉太くんの声、大きくて私にまで聞こえてたよ? 「ああ…」 「ほらっ!早く!月子ちゃん、心配なんでしょう?」 私の事なんて、気にしなくていいから! 「ごめん…」 「もう、なに謝ってるの?早く行きなよ!」 そう言う彼女に背を押され、俺は保健室に向かって駆け出した。未だ彼女が居るであろう後ろを一度も振り返らずに。 「…うそ。本当は、行って欲しく、ないよ錫也…」 彼女が口で形を作るだけの言葉をもらしたのも知らずに。 保健室に着くとベッドで寝ている月子と付き添う哉太の姿が見えた。 しかし、何時もなら真っ先に駆けつけるであろう羊の姿が見当たらなかった。 「あれ、羊は?」 「まだ来てねぇよ…」 「…で、月子は、大丈夫なのか?」 「問題ないってさ。全く、人騒がせなんだからよ…」 そう言う哉太の言葉にひどく安心したと同時に一人置いてきた彼女の事が気になった。 ガラッと保健室の戸が開き、俺と哉太でその方を見た。そこには全力で走ってきたであろう羊が居た。 「羊、月子は問題ないって…」 「錫也。」 羊が珍しく俺の言葉を遮ってきた。その事に少し驚きながら反応する。 「ん?なんだ?」 「錫也と彼女は、幸せ?」 「羊、どうしたんだよ、いきなり…」 「幸せ?」 「…当たり前。」 「じゃあ、なんで、」 彼女は泣きそうな顔をしていたの? 「…、は?なに言って…」 「さっき、ここに来る途中にすれ違ったんだ。彼女、泣きそうな顔をしてた。いや、泣いてたかも。」 「っ、そんなはず、」 だって、彼女は笑って送り出した。笑って…、笑っていた?俺は、後ろなんて、振り返っていない。彼女の顔なんて、…見ていなかった。 「っ!」 考えるよりも先に体が保健室を飛び出していた。保健室に来た時よりも速く、走る。無意識に彼女の名前を呟いていた。 彼女は俺と別れた場所にまだ居た。 息を少し整えてから彼女に呼びかける。 「え、あれ?錫也?早かったね!月子ちゃん、大丈夫なの?」 くるり、とこちらを向いた彼女の瞳はほんのりと赤かった。さっきまでは無かった、赤。彼女が泣いていたのだと伝える、赤。 その視線に気付いた彼女は、ああ、これね。目を擦りすぎちゃったみたい。と誰にも分かる様な嘘を吐く。 ああ、俺はいつもこんな風に彼女に嘘を吐かせていたのか。 「ごめん、」 そう呟き、彼女を抱き締めた。 「俺のせいでっ、いっぱい、嘘吐かせて…ごめん。」 「どうしたの?錫也?私、嘘なんて、吐いてないよ?」 「いつもっ、お前の事、ちゃんと見てやれてなかったっ…!」 そう言うと肩口にかかるため息。 「…、錫也は月子ちゃんが大事、なんだよ?」 私なんかじゃなくてね。 「ちが、」 「月子ちゃんが錫也の一番で、哉太くんと羊くんが錫也の二番と三番。私は、…そうだなあ、五番くらいだったらいいなあ。」 そんな事、あるわけ…と言い掛けた所で、あるわけない、と言い切れない自分が居た。 そんな俺の背中をまるで子供をあやす様に優しく叩くと優しい声で彼女は言った。 「じゃあね、錫也。しあわせにね。」 立ち去る彼女。一度だけ見えた彼女の瞳には涙が浮かんでいた。 「ははっ。お前は何時でも嘘吐きなんだな。」 さよならなんて、許さない。お前が居なければ幸せになんてなれない。 俺の一番はお前だから。 その背中を追いかけた。 La magia del bugiardo:嘘つきの魔法 ------------------------ 企画:身から出た錆様に提出 |