困った。

それしか言葉が思いつかないこの状況に困った。

あの変態明智先生が保健室を空けてから10分少々。
当然一人で運び込まれてくる怪我人を捌ききれるはずがなくて、保健室は怪我人で溢れかえっていた。
その一人一人の顔を見ていくと保健委員やら保健委員長やらと見知った顔が見える。どうやら彼らも怪我人の一人のようだ。

(保健委員のクセに仕事増やさないで下さいよ…!!)

しかし所詮は委員会。
交代の時間が何れやってくる。幸いに深零はあと5分で交代の様だ。この量の怪我人を置いていくのは多少気が引けるが、こうなったのは変態明智先生の所為だと自分の中で結論づけ、残りの5分をしっかりと頑張ろうと心に誓った。

否、誓った筈だった。

交代時間まであと3分を切った時、保健室の戸を潜ってきた橙色の髪の毛。

私の中で会いたくない、視界に入れたくない、考えたくない人No.1に君臨する男。

考えるよりも先に体が動いた。
未だ怪我人の中に居る先輩に後は頼みました、と伝えると入り口の所に居る奴の真横を通り過ぎ走り出した。後ろの方で先輩が何か言っていたが、そんな事を気にしている暇など無かった。

気が付くと喉がヒューヒュー鳴っていた。全身の毛穴から汗が噴き出す感覚が気持ち悪かった。

(…なに、してるんだろ。)

戻ろう、そう考えた刹那、

「深零ちゃん!」

頭が真っ白になる感覚、

「何処行くの!?急に飛び出したがら吃驚したよ…!」

此方を気遣って伸ばした手を無意識の内に振り払っていた。

パシンッ―――

遠くで聞こえる喧騒とはかけ離れた静かな廊下に響く乾いた音と二人分の息を呑む音。

「あ…えっと…その…」

何故言葉が出てこないのだろう。ただ、謝るだけじゃないか。

「ごめんね、」

謝罪のその言葉を口にしようとした時、先に口を開いたのは彼だった。

「…へ?」
「いや、俺様、ちょっと干渉しすぎたよね?別に深零ちゃんに嫌な思いをさせたかった訳じゃないんだ。けど、気分悪くしちゃったよね?ごめんね?」

立ち去っていく背中。
小さくなる橙色の頭。

一方的に避けて、一方的に嫌いになって。何をしているんだろう。彼の何処に、避ける要素があっただろうか。彼の何処に嫌いになる要素があっただろうか。
全ては自分を守る為の、

―――逃避行為、

彼を好きな私が傷つかない為の、

「ははっ…」

乾いた喉から乾いた笑い声が漏れた。

「なーんで今、気付いちゃうんだろ。」

倒れたあの日。
あの日見た、彼の純粋な笑顔に、惹かれたんだ。あの日から、心の何処かでまた彼が純粋な笑顔を見せるんじゃないかと期待してたんだ。

だけど、

彼が今し方見せた表情は哀しくて―――
そんな表情が見たかったんじゃない。

「私の、ばか。」

傷付けたくなかった。

傷付きたくなかった。

二つが頭の中で交錯する。

自分が傷付くくらいなら、忘れてしまおう。そう、思っていたのに。彼の哀しい表情を見たら自分が傷つかない為にしてしまった事に気付く。

気持ちが、溢れていく。

涙と共に、溢れていく。

「ふっ…、っく……ひっく…」

いつの間にか座り込んでいた廊下でうずくまり嗚咽を漏らす。

いっそ、この気付いてしまった気持ちと彼にさせてしまった表情が夢かなにかだったら良かったのに。






(白昼夢だと願って)(そしたら、笑って過ごせたのかもね、)


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