10000 | ナノ


「あれ、お前――」


はたり、目が合った瞬間恋に落ちるとか、そんなばかなことはなかった。
お前、と言われたあとに私の名前を呼ぼうとしたキャスの口を急いで塞ぎ、一緒に歩いていた相手はそっちのけで道の端に寄った。キャスは私の行動に驚いたようで目を点にさせ、さらにはぱちぱちと目蓋を開閉させている。なんだ、この阿呆面。


「カースーティーエールー?」
「な、なんだよ」
「ギメイとかホイホイ名前呼ぼうとしないでよ…」
「じゃあなんて呼べばいいんだ。ていうか声小せぇよ」


なんて呼べばいいかなんて、そう言われると私としても困る。ものすごく困る。キャスは私の名前をギメイだと思っているし、それが間違いというわけでもないけど、それを公の場で出されてしまうと困るのだ。私の顔を知っていて、尚且つ私がギメイだということを知っている人は数える程しかいない。きっとそのことをキャスは知らないからこんな場面で堂々と私の名前を呼ぼうとしたんだけど。


「むしろもう名前を呼ぶな」
「無茶苦茶すぎだろそれ」


お前に私の気持ちがわかってたまるか!わかってほしくもないけど。声には出さずに心の中だけで叫ぶ。実際に声に出してしまったら面倒なことになり兼ねないからだ。そもそもなんでキャスがこんなところにいるんだろうか。別にキャスがどこにいようがキャスの勝手だとは思うけど、どう考えてもこの街には不釣り合いな気がする。だってここ本の街なのに。


「キャスは本買いに来たの?」
「は?んなわけねーだろ。あんな延々と並べられた小せぇ文字を読むなんて疲れるようなこと好き好んでやらねーよ」
「だよね」
「おい、だよねってなんだ!だよねって!」


私が言いたいことが伝わったのか、文句を垂らしながらジト目で見つめてくるキャスを尻目に待たせている相手のほうを見れば、にこりと笑顔を返された。何も言わずにキャスのほうに走って行った上にこうやって待たせているというのにあの笑顔。逆に何を考えているのかわからなすぎて怖い。言えないけど。


「まあいいや。私人待たせてるから行くね」
「なんだぁ?コレか?」
「うわ、その反応まじおっさん臭い」
「うるせえ!あ、今度一緒に飯でも食おうぜ」


親指を立てるキャスに、はいはーい、と何とも気の抜けた適当な返事をして私はその場を後にした。向かう先は先程から待たせてしまっている人の元。


「待たせてごめんね」
「いや、いいよ。ナマエの知り合いだったんだろ?もう少し話してくればよかったのに」
「ははっ、ありがとう。だけど気にしないで」

自己欺瞞、他者欺瞞

[ back ]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -