10000 | ナノ


じとり、纏わりつくような何とも形容し難い空気が私の肌を包んだ。暑い。暑すぎる。しかしそれを言葉として発しても現状が変わることはないと知っていた。だからただひたすら無意識に小さな皺を眉間に寄せながら歩いていた。

夏がやってきたのだから暑いのは当然だと言われればそこまでだが、何故この国の季節はこうも極端なんだろうか。もう全てが春と秋でいいんじゃないんだろうか。寒いのは嫌いだが暑いのはもっと嫌いだった。寒いならその分着込めばいい。その反対に、夏はその分薄着すればいいかといえばそうでもない。脱いでも脱いでも暑いことには変わりなかった。


「いっそ裸になれば少しは涼しくなるのかな」


ぼそりと呟けば丁度横を通り過ぎた人が驚いたような顔で振り向いた気がする。わざわざそれを確認するために私が振り向くなんて面倒なことをするわけがないから真実はどうなのか知らないが、今は他者が私のことを何と思おうが別にどうでもよかった。

しかし裸になるなんてのはさすがに失言だったかと少し思ったが、暑さのせいでうまく回らない頭はすぐに考えることを放棄してしまう。ああ、ダメだ、ダメ。暑さは人をダメする。

ポケットに手を突っ込んで携帯を手に持つと慣れた手つきでボタンを押した。ピ、ピ、ピ、と数回ボタンを押せばプルルルルと音を立てて相手を呼び出す。出るか出ないかは彼の気分次第だろうが、基本的に“仕事中”でも電話に出てくれるからきっと今回も大丈夫だろう。


『もしもし、ギメイ?』
「はーい、今大丈夫?」


予想通り、数回のコールの後に出てくれた彼は暇だったから大丈夫だと返事をくれた。こんな時間に暇だと言うのは何というか、本人には言わない(言えないが正しい)が、お前ほぼニートだろ。まあ、彼からすれば私も変わらないものだろうが。


『何か用事だった?ギメイから電話くれるなんて珍しいね』
「うん。今ね、天空闘技場の近くまで来てるんだけどシャルここの近くに家あるって言ってなかったっけ?暇なら一緒に昼食なんてどう?」
『んー、どうしよ。ちょっと今家にはいないんだよね』
「あ、そうなんだ。じゃあいいや」
『あ、ちょっと待って。30分もあればここからそっちに行けるからそれでもいいなら食べよー』
「いいよ!むしろなんかごめんね」
『いや、全然大丈夫。ていうかこんな時間に暇とかギメイって何なの?無職なの?ニートなの?クズなの?』
「その言葉そのまんまお返しするよ」


私がシャルに対して思っていたことをまんま私へ向けて言ってきたシャルに、ハハハと気持ちが一切込もっていない笑いを返した。私これでも仕事してますし。

私はシャルが蜘蛛だということを知っているが、そのことをシャルは知らない。仕事何してるの?とか訊いてもきっとはぐらかされるとわかっているから、訊かないようにしてる。だからなのかシャルも私がどんな仕事をしているのかは訊いてこなかった。それ以外の、お薦めの本はあるか、食べ物は何が好きか、彼氏はいるか…お前は女子かと言いそうになるようなどうでもいいことを話した記憶しか私にはない。

シャルは、害がなければ特別警戒しないでいいんじゃないかと思わせるほど付き合い易い。顔を未だに見せていないが、私達は一般的に言う友人というものになるんだろう。だからこそ、たまにご飯を食べに行ったりする仲なんだから顔を見せてもいいんじゃないかと以前シャルに言われたが、それはそれ。私にも事情というのがあるのだ。もし私達の関係が友人で合っていたとしてもシャルに顔を見せるという行為は危ないことに変わりないのである。それにシャルはなんやかんや言いつつもチラチラと隠れ見えする私の顔でなんとなくどんな顔付きなのか予想はできているだろうし。

危険な人物との接触は避けようと思っていたあの頃の私の決意はどこへいったのやら。決意の弱さに溜息もこぼれなかった。


『どこで待ち合わせする?』
「闘技場の近くのカフェとかは?」
『オッケー。じゃ、またね』
「はーい、またね」

半夏生
耳から離した携帯と耳の間に少しだけ、涼しい空気が通っていった。

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