ごちゃまぜ | ナノ

夏の学パロ企画に提出させていただきました(20130709)



生物が嫌いだ。だけどそれ以上に生物教師が嫌いだ。


「神経細胞の細胞膜にカリウムチャネルっていうタンパク質があって――」


訳の分からない単語をスラスラと口から発するその生物教師、クダリ先生は可愛いだのかっこいいだの、とにかく女子生徒に人気があった。なんてったって男子生徒が可哀想に思えるくらいには顔がいいんだから女子生徒が騒ぐのも仕方がない。

クダリ先生が嫌いだと思っているのにかっこいいと認めてしまう私はそれが何だか悔しくて、だから嫌いなんだと無理矢理にでも繋げてしまっていた。

どうして嫌いなのかと訊かれれば、理由は授業内容だと即答するだろう。元々暗記系のものが苦手な私は先程クダリ先生が説明してた内容もすでに頭の中から消えてしまいそうになっていた。神経?タンパク?なんだったっけ。覚えているのは今やっている授業内容が静止電位や活動電位ということくらい。

そんな覚えの悪い生徒のためにわかりやすく授業を展開させるのが教師というものじゃないのか。それなのにクダリ先生ときたら、わかりやすいのわの字もなかった。きっと今話してる内容は自分の頭の中ですでに理解し終えてるもので、私達もわかるだろうと、そんな風に考えているんだろう。もちろん理解できる人もいるんだろうけど、私のように全く、これっぽっちも、理解できない人だっているんだ。


「ふあ…」


クダリ先生の口から止まることなく出てくる難しい言葉に眠気を誘われ、欠伸がひとつ漏れた。あ、やばい。そんなことを思う間もなく授業の終了を知らせるチャイムが鳴る。

普段にこにこしてるクダリ先生は怒ると怖い。怒るときだって笑っているけど、なんというか、声とか身に纏う空気が冷たく感じる。授業で真面目なクダリ先生は自分の授業で欠伸をしてる生徒がいるとわかれば、きっと嫌だろう。だからやばいと思ったわけだが、タイミングよく欠伸と同時に鳴ってくれたチャイムに心から感謝した。

起立、礼。今日の日直が号令を掛ければ、ありがとうございましたとクラス全員の声が揃った。次は昼休みということで未だクダリ先生が教室から出ていないというのに、弁当を出そうとする者、飲み物を買いに行こうと財布を出す者、それぞれが自分のことに行動を移している。私はというと、今日は母親が弁当を作り忘れたせいで食堂に行くはめになってしまった。

財布を持って教室から出れば、むわん、と気持ち悪くなるような暑さを全身で感じる。そうだ、教室はクーラーが効いているんだった。こんな気持ち悪い空気だというのに空は腹が立つほどに真っ青で、夏を知らせるかのような入道雲が堂々と空を泳いでいた。


「夏だねぇ」


暑さでボーっとしていたせいもあってか、視線を完全に空に奪われていると横から暢気そうな声が聞こえてきた。びくり、肩を揺らせば、驚かせちゃった?といつものように笑うクダリ先生が立っていた。


「暑い、ですね…」
「うん。梅雨も明けたから、これからすっごい暑くなる」
「……今でさえこんなに暑いのに」
「だって夏だもん。仕方ない」


ケラケラと笑うクダリ先生は歳よりも幼く見えた。授業中に難しい単語を詰まることなく話すというのに喋り方は少し片言のようで幼い。そのギャップがたまらないと友人は言っていたが私はどうもその考えがよくわからなかった。

突然話しかけてきたクダリ先生はもしかして私が欠伸していることに気付いていたのかもしれないと最初はビクビクしていたが、世間話に花を咲かせようとしている様子からしてやっぱり気付いてなかったのかもしれない。よかった、と本日二度目の安堵。別に優等生だと思われたいとかそんなことを考えているわけじゃないけど、やはり先生には好印象に思われなければ困る。ただでさえ生物は嫌いなんだから。


「あ、そういえば今昼休み。呼び止めちゃってごめんね。おなかすいたでしょ?」
「え、いや、大丈夫ですよ!」
「そう?じゃあ、ぼくは行くから」
「はい。それじゃあ」


ひらひらと手を振るクダリ先生に対して私は控えめに振り返した。廊下を歩く女子生徒達はクダリ先生の姿を見つけて黄色い声を飛ばす。本当、人気者だなあ。この職業についてなければきっと、関わることがなかっただろうなとすでに私に背を向けて歩き始めていたクダリ先生を眺めながらそう思った。


「あ、そういえばナマエさん」


思い出したかのように私の名前を呼びながら振り返ったクダリ先生にどきりとした。決してこれはときめいたとかそんな可愛いものじゃなくて、何かやってしまったのだろうかというほうの、どきり、だ。返事を返したが昼休みのせいで忙しない廊下はつい上擦いた私の声を簡単に掻き消してしまった。


「わからないとこがあったら、いつでも言って」


だから欠伸は禁止。
そう言って空いた手で口元を隠すクダリ先生はいつも通り、笑っていた。


あついのは、全部、全部、夏が悪い。

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