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三輪姉成り代わり



――あ、私ここで死ぬんだ。

自分でも驚くくらい気持ちは落ち着いていた。目の前のトリオン兵と、崩れ落ちてくる瓦礫、私はその光景がスローモーションのように見えて、ゆっくりと目を閉じた。 最後に聞こえたのは、誰かの悲鳴でも、トリオン兵の叫び声でもない。弟が私を呼ぶ声だった。


*


目が覚めたとき、私は私ではなくなっていた。病院のような場所で、椅子に座って眠っていて、足は床についていない。身体が縮んでしまっていることにすぐに気がついたが、どうしてなのか、これが普通なんだと焦ることはなかった。今も昔も、私の名前はナマエで、違うのは名字と家族。そして私はもうすぐ姉になる。そうだ、今母さんが頑張ってて、待っている間に私は眠ってしまったのだ。新しい家族は男の子らしい。母さんのお腹をいっつもぽこぽこ蹴っていたから、きっと元気な子が産まれるに違いない。名前はもう決まっている。

秀次、それが私の弟の名前。

扉の向こうから赤ちゃんの泣く声が大きく聞こえた。ああ、産まれたんだ。早くみたいけど、たぶん今日は無理だろう。時計を見ればまだ2時半を差していて、瞼が重く下がってきたので私はそのままもう一度寝ることにした。

三輪ナマエ、これが二度目の人生の名前。





秀次はちょっと人見知りするところがあったけど優しい子だった。人見知りだっていい方向に考えれば無口でクールだし、秀次の良さをわかってくれる友達がちゃんといるからそれでいいと思う。きっと秀次はいい男に育つに違いない。姉バカと言われようが、それは事実なので甘んじて受け入れよう。


「姉さん、今日友達が遊びに来るから」
「あ、そうなんだ?初めてだね、秀次が家に友達呼ぶの」


いつからお姉ちゃんではなく姉さんと呼ぶようになったのか覚えてはいないが、成長して私から少しずつ離れていく姿は少しだけ寂しく感じる。そんなことを言えば困った顔をするだろうから言えないけど。


「こんにちはー!あ、もしかして三輪の姉ちゃん!?」
「こんにちは」


元気でコミュ力高そうな子が家にきて少し意外に感じた。にこにこ笑う彼とは違い秀次はあまり私たちを会わせたくなかったのか口先が尖っている。


「オレ、米屋陽介です!」
「え、」
「どうかしたんすか?」
「あ、いや、陽介くんね」


最初、三輪秀次という名前を聞いてある人物が浮かんだが、三輪秀次なんて別に変わった名前でもないし、探せば同姓同名はいる。だから気に留めていなかった。でも、弟が連れてきた友達は米屋陽介で、そのとき私の世界が180度変わった。ここはワールドトリガーの中で、私は数年後、弟の前で死ぬんだ。
自分が数年後に死ぬ未来が確定している世界で、どうやって生きていけばいいんだろう。一度目の人生だって気づけばこの身体になっていたから、あの世界の自分がどうなったか知らない。どうせならこの身体になった時点で昔の記憶なんて消えて、自分が死ぬ未来も知らなければ悩むことなく死ねたのに。


「姉さん、顔色悪いけど大丈夫?」
「っ、秀次……ごめん、大丈夫だよ」


もしも私が名もないモブだったなら生きることを選んだだろう。でも私には秀次がいる。私の死は秀次にとって必要な過程で、彼がそれを望んでいなくても私はそうであるべきだと望んでいる。自分勝手だと、わかっているけど。
自分勝手な私のせいで秀次は近界民を恨みながら生きていくことになる。それがわかっていながらその未来に進もうとしている私を秀次が知ればどう思うだろう。嫌われちゃうかな。だけどこの世界には原作の“三輪秀次”が必要で、あの彼の強さは私にある……という表現は自分を評価しすぎだろうか?考えるのは自由だ。答えを知っている神様はこの世界にはいないし、教えてくれるはずもない。作られた物語に作られた人物。それに合わせたいわけじゃないけど、皮肉なことにそれが私の中で一番いい正解の道だった。





「ごめんね」
「なっ、姉さん!」


伸ばした手は掠めるだけで終わった。苦笑いで謝りながら自分を突き飛ばした姉さんは死を受け入れるかのようにゆっくりと目を閉じる。それはまるで最初からこうなるとわかっていたかのように見えて、じんわりと涙が視界を揺らした。「なんで」。やっと出た声はもう、届かない。

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