「天気予報は仕事をしてほしいものだ」
なにが、今日は一日晴天でしょう、だ。
これから会う人物に捧げるはずだった手土産は仕事をしない天気予報のせいで一瞬のうちにゴミへと変わる。下ろされた髪から滴り落ちる水が苛立ちを助長させるが、この苛立ちをぶつけられるものは手土産だったソレしか見つからなかった。
周りにでも聞こえるかのような大きな舌打ちのあと、手元にあったソレを思い切り地面に叩きつけた。ぐしゃり、白や茶色といった甘い見た目をした手土産であったソレはいともたやすく歪な形へと変形する。地面に溜まった雨水を吸収したソレはショーケースで見たときとは比べものにならないくらい、美味しそうだとは思えない。
下ろされたままの髪をかきあげて目的の場所へと足を向ける。額に巻かれた包帯までもが水分を吸収していて、無性に取りたくなった。
ビーッ、と耳の痛くなるような音を発したボタン。しかしこれから会う彼女のことを考えるとそれくらいさしてどうでもいいことだった。扉の向こうからパタパタと聞こえるスリッパの音に、自分が来たからと彼女が小走りで向かって来ることに、思わず口元が緩む。
扉が開くと同時に、いらっしゃい、と可愛らしい声が耳に届いた。
「クロロ、びしょ濡れじゃない!」
一瞬笑顔だったナマエは俺を見た瞬間、その顔が驚愕へと変わる。ちょっと待ってて。家に入ってて。そう言って家の中へと消えていった彼女がまるで霞がかってしまった今日の青空のようで少し寂しく感じながらも、一歩、二歩、と家の中へ邪魔した。それからすぐに彼女は大きなバスタオルと共に現れたが、今度は着替えを持ってくると言って、俺がナマエに触れる前に行ってしまった。
びしょ濡れの本人はこんなにも冷静だというのに、どうしてナマエのほうがあんなにも慌てる必要があるのだろうか。まるで自身の分まで慌ててくれているように見えて、目の前で走り回る姿に愛おしさを感じてしまう。そのせいか、無意識に小さく笑いが漏れた。
捨てられた悪人
彼女の前では一般人でありたいと願う。