狩人短編 | ナノ

バレンタイン @20120214



世間は甘ったるい匂いに酔っていた。それもそのはず、今日はバレンタインだ。数週間前からちらほらとバレンタインを連想させるものが出てきたなと思っていると、気づけばあっという間にCMや広告はバレンタイン一色。普段から通ってるスーパーもチョコの一角が出来上がってしまってた。

その場でじっとチョコを見つめて選ぶ女の子は可愛いと思う。綺麗に包装されたチョコとどこにでもある普通の板チョコの前に立って数分悩んだ結果、板チョコを買っていく姿なんて可愛くて仕方がない。ああ手作りにするんだなあ、なんてこっちがほんわかなって、ちょっと応援してしまう。


「だけど恋する可愛い女の子たちと今の状況は全く別だと思うんだよね」


少し機嫌が悪そうに言えば、カイトに困ったような顔を返された。

バレンタインの前日になると生クリームだの無塩バターだの、お菓子に使われそうなものがごっそりとなくなってしまう。私はいつもバレンタインのことなんか忘れてしまってるからいつも前日に買いに行くと必要なものが大抵売り切れている。これを文句言わずにいれるだろうか、いや、いれるわけがない。


「私は生クリームを使ってクリームパスタが食べたかったのに…!」
「…別に明日でもいいだろ」
「明日じゃなくて今食べたいの!明日にはまた食べたいものが変わってるに決まってる」
「…どこか食べに行くか?」
「それは嫌」


間髪を入れずに返せばカイトの溜息が聞こえた。そりゃあ、私だってこれがわがままだとわかっているけど外食は絶対嫌だ。家で食べるほうがお金がかからないのもあるが、さすがの私でも今日がバレンタインだということを忘れてはいない。外を歩けばカップルカップル、カップル。外食すればきっと店の中もカップルだらけに違いない。そろそろカップルがゲシュタルト崩壊しそうな私は、無駄にイルミネーションが綺麗で無駄においしすぎる料理店がある、そんなとこに住んでいる自身を恨みたい。


「じゃあどうする?」
「うー…外は嫌だしなあ…我慢して牛乳で作るか…」


はあ、溜息をこぼしながら冷蔵庫を覗いてみれば牛乳が、ない。オーマイガッ!これはスーパーに買いに行くしかないなあ。ちらりとカイトに視線を移せば、言いたいことを察したのか、嫌そうな顔をしながらもコートを羽織り、その横に掛けられていた私のコートを渡してきた。


「今日は一段と寒いし牛乳買ったらすぐ帰ろうね。パスタの具材ももう買ってるし」
「……そうだな」
「……なんか他に欲しいものでもあるの?」
「………別に」


なんだ今の間は。絶対何か欲しいものがあるだろ。そう思わせるような返事でついつい頭がそっちにいってしまう。バレンタインだからあれか、チョコが欲しいだなんて…なんて…なーんつって…。いやいやいや、カイト甘いものあんまり好きじゃなかったような気がする。苦手ではないけど好きでもない微妙な感じだったような…。


「カイトさあ」
「ん?」
「もしかして手作りのチョコが欲しいなあ、なんて考えてたりしてー……」


その瞬間、普段顔に出ないカイトの顔に、ぶわりと熱が集中したのを私は見逃さなかった。

彼だって男の子
バレンタインで浮かれる女の子の気持ちが少しわかった気がした。

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