狩人短編 | ナノ

just a girlに提出させていただきました(20140606)/女主



きっかけは本当に些細な事だった。思えばそれは俗に言う同情というものだったのかもしれないが、そのときのあたしはまだ幼かった故にそれに気付くことができず、そして気付いた頃には今の関係が出来上がっていた。後ろめたい人生を歩んでいない、日の光を浴びて育った子なら誰しもが当然のことのように思う、そんな友達関係だ。


「また怪我したの?」
「ああ、ちょっとうっかりしててね」


マチは女の子なんだから綺麗な肌に傷が残るようなことしないように気をつけないと。なんて、母親かと言いたくなるような心配事をぐちぐちと言うナマエに、はいはい、と笑いながら相槌をした。顔も知らないあたしの母親はきっとそんな心配をしてくれはしないだろうけど。





ナマエと出会ったのはまだあたしが流星街にいた頃で、その日は食べ物を盗みに出掛けたら珍しく失敗してしまい怪我を負っていた。殺されるわけでも、警察に突き出されるわけでもなく、なんとか逃げ切れたのだから盗めなかったことなどどうでもいい。あたしを探す男共のせいで表通りがまだ騒がしく、それが落ち着くまで裏路地でじっとしていることにした。そのとき、偶然通りかかったのか、いかにも良いとこのお嬢さんですと言わんばかりの少女があたしの前に立っていた。年は同じくらいか、それなのにきっとあたしの扱いとは天地の差を受けている彼女。立ち姿まで品があるように見えて無性に苛立った。


『なんだい。見せもんじゃないんだよ』
『……あなた、怪我をしてるの?』


あたしの言葉にビクリと肩を揺らしたというのに、予想とは違う言葉が返ってくる。そんな言葉にあたしは驚くどころか、思わず眉間に皺を寄せた。こんな裏路地にいる怪我をした人間が怖くないのか。こういう人間がどういうことを普段やっているかさえ知らない無垢な少女なのか。……それともそんな人間だと知っていても怖気立たない慈悲深い人間だというのか。どれにしても、あたしは腹が立った。


『怪我してるからってなんだっていうんだい?お情けが欲しいわけじゃないんだよ。あんたも同じようになりたくなかったらさっさとどっかに行きな!!』


段々と大きくなる声。最後まで叫んでハッとした。それは目の前に立っている彼女にではない。表通りをまだうろついている男共に聞こえたんじゃないかという不安からだった。黙って耳を澄ますが、何も聞こえてこない。幸いにも今はこの近くにはいないらしい。ホッと息をつき思い出したかのように彼女を見ると、怒鳴られたことが怖かったのか、自身の服をぎゅっと掴み、口を結んで黙っていた。親にも怒鳴られたことがない、そんな顔に見えた。ふんっと顔を逸らして気にも留めてないという素振りをすれば、パタパタと遠ざかる足音が聞こえる。視線を前へと戻したときにはすでに彼女の姿は見えなかった。

それから数分後、また似たような足音が耳に届く。大の男にしては間抜けそうな足音に、一瞬先程消えた彼女の姿が浮かんだ。まさか彼女なわけが、と思いながら顔を上げれば、頬を紅く染めて肩で息をする彼女の姿がもうすぐ目の前に立とうとしていた。何をやっているのか。その答えは彼女の手に握られているものを見ればすぐに理解できた。


『ちょっと傷に沁みるかもしれないけど、我慢してね』


有無を言わさずあたしの手を握った彼女に思わず目を丸くしてしまう。傷が沁みるくらい、どうってことない。それよりも余計なことをするなと払いたくなったが、何故かそんなことはできなかった。彼女のされるがまま、大人しくなったあたしを彼女は笑うかと思いきや、どうやらあたしの怪我を消毒するのに精一杯のようだった。


『これでもう大丈夫!』
『……あんたバカなのかい?』
『え!?なんで!?それに私は#name2#っていう名前があるのよ!あんたじゃないわ!』
『そういうとこがバカっぽいんだけど』
『えーよくわかんないよ。ねえ、あなたのナマエも教えてよ』
『………なんで?』
『私の名前も教えたでしょ?それに私、あなたと友達になりたいの!』


やっぱりバカなことを言う女だと思った。いくら本当に無垢な少女だったとしてもあたしを見れば普通じゃないとわかるはずなのに、友達になりたいだなんて。それとも同情か?可哀想な子の友達になってあげるなんて私ってばなんていい子なんだろう!とでも思っているんだろうか。その可能性はありえることだと思ったが、真っ直ぐあたしを見つめる彼女、ナマエの瞳はキラキラと輝いていて、裏があるように見えなかった。そして気付けば口が開く。


『………マチ、あたしの名前だよ』
『マチね。可愛い名前だわ。これからよろしく!』


手を取られ、握手だとあたしの手を握るナマエ。人と手を繋いだのは随分と久しぶりのような気がした。





蜘蛛の活動が始まったばかりの時期、あたしの怪我は以前に増して多くなった。それを見るたびに心配するナマエにはガテン系の仕事に就いたから慣れないことで怪我が絶えないのだと誤魔化した。本当のことを言えばきっとナマエは嫌がるに違いない。あたしが流星街にいたとき盗みをしていたのを知っていて黙っていたナマエだが、本当は悪人が好きではないのだ。それなのにどうしてあたしと友達を続けているんだと訊けば、あれはマチが生きるためにどうしようもなくやったことだった、と言われ、どうやら彼女の中で解決しているらしい。それでも苦しそうな顔をしていたから、やっぱりナマエはどうしようもなくやったことでさえ嫌なんだろう。それなのにあたしが蜘蛛の一員で、盗みを働き人を殺していると知ればナマエはどんな顔をするのか。その顔を見る前にあたしの前から消えてしまうのではないかと思って打ち明けられるわけがなかった。


「でも最近は減ってきたね、怪我」
「……慣れてきたからね」
「よかった」


そう言って目を細めて笑うナマエの瞳は潤んでいた。あたしが怪我をするたびに泣きそうになる顔をする。そんな顔を誤魔化そうとして笑うナマエだが、あたしには嘘が見え見えだった。それでも気付かないふりをして、傷の手当をしてもらう。我慢しないで泣けばいいのに。あたしはいくらでも胸を貸すのに。そうしてくれればこんなあたしでも少しは彼女の役に立てるような気がする。しかしそれは自分が救われたいだけのエゴだと知っているから、あたしは一生口にすることはないだろう。

ああ、泣きたい。

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