恋は盲目 | ナノ


クロロ=ルシルフルの場合

最近、ストーカー被害に遭っている。最初はただの勘違いで、私の被害妄想に過ぎないと言い聞かせていた。一人で歩いていると必ず誰かにつけられているような気がしたり、間違い電話にしては多い無言電話、使い捨てのようなアドレスから送られる意味のわからないメール、これらはちょっとした気のせいなのだ。そう、思いたかったわけだが、今は思いたくても思えなかった。

段々と無言電話やメールの量は増えるし、差出人不明の手紙が送られてきては色んな姿の私が写っている写真が同封してあったり……家の中での様子が送られてきたときは家中のものをひっくり返してそのまままとめて燃えるゴミに捨ててしまいたかった。そうしたいと思っただけで捨てはしなかったものの、隅から隅まで調べたのは言うまでもない。それなのに怪しいものは一つも見つからなかったのだから、私はただ怯えることしかできないでいた。

警察に相談するべきか悩んだが、クライムハンターという職業があるせいか私達が住んでいる街の警察はあまり動くことがなく、頼れる市民の味方とは言い難い存在であった。だからこのことも真剣に取り入ってくれないんじゃないかと思い、結局相談はしなかった。


「ここんとこずっと出てるけど大丈夫?」


私の様子が変だと気付いたんだろう。気に掛けてくれるように同僚から声が掛かった。もしもこの同僚がそのストーカー相手だったら、と考えるとゾッとするが、彼は長年一緒にここで働いていた私の良き理解者である。だから一瞬でも“もしも彼が”と考えた自分を叩きたくなる。たしかに最近の私は目に見えておかしかったかもしれない。彼が言う様にここ最近ずっと仕事に出ているのだ。自分の家にいるのが怖かったから、なるべくその時間を削ろうと仕事先の喫茶店で店長に無理を言って勤務時間を長くしてもらった。人が多いとこの中にストーカー相手がいるかもしれないなんて不安が浮上してくるが、一人でいるよりはずっとマシだった。

彼になら相談してみてもいいかもしれない。誰かに言わないとそろそろ私一人では抱えきれなくて爆発してしまいそうでいた。「何かあったのか?」と眉尻を下げて心配してくれる彼を見るとついポロリと言葉がこぼれた。





昨日は同僚に今まであったことを全て話した。誰かに吐き出したのは初めてだったからか、幾分スッキリとした気持ちになったのは言うまでもない。同僚は真剣に話を聞いてくれた上に、私の仕事が終わるまで待っていてくれて、家まで送ってくれた。そのおかげか、いつもより寝付きがよかったような気がする。今日はお礼を言わなければと行きがけに同僚が好きなパン屋に寄って買い物を済ませると、私は急いで仕事場へと向かった。

仕事場へと着いたものの、私より少し早い出勤のはずの同僚の姿はどこにも見えない。店長に聞いても連絡が取れないままだという。真面目な彼には珍しいことだった。

それから一時間後、仕事場に警察がやってきた。なんだなんだ、私はストーカー被害のことなんて一言も言っていないし、ここだって警察がくるような問題のある場所でもない。普通の喫茶店である。何故、とそのとき抱いた疑問は簡単に解決された。――同僚が殺されたらしい。血のような異臭がすると同僚の隣人から連絡が入り、彼の部屋を覗くと見るも無残な姿で、身体の一部は何かに食べられたかのようになくなっていて、ありえない殺され方だったんだと。あまりにも急な話についていけなった。それよりも彼が死んだ原因が自分自身にあるんじゃないかという考えが頭の中をぐるぐると回っていた。具合が悪くなって、今にも吐きそうだった。足場が悪いわけでもないのにまともに立っておれず、ふらりと身体が傾く。あ、倒れる。そう思っていると後ろから誰かに支えられた。


「大丈夫ですか……?」


心配げな顔で見つめる彼は、ここの喫茶店の準常連さんだった。名前は知らないが、いつも隅のほうで本を読んでいて、同僚とたまに何か会話していた記憶がある。きっとこの準常連さんも、今の話を聞いていたんだろう。少し顔色が悪いように見えた。


「……だい、じょうぶです」
「………顔色が真っ青ですから、無理しないほうがいいですよ」


そう言って笑った顔は彼の好青年さを明確に表していた。だからといってこのまま彼に寄り掛かったままではいられないため、未だ力の入らない足だがなんとか自分の身体を支えた。しかし今日一日、このまま仕事を続けれるわけがない。きっと昨日の夜同僚と一緒にいた私は警察の取調べなど受けることになるからそれが終わったらそのまま帰してもらおう。そしてそのときにストーカーのことを言えば、さすがに警察も動いてくれるに違いない。同僚の殺害を使っているようでいい気分にはなれないが、何より同僚を殺した犯人を捕まえる手掛かりになるかもしれないのだ。





取り調べも終わりよろめく足取りで家に向かう。朝見た青い空はすっかり紅く染まっていた。これでもかと言うほど涙を流したというのに思い出せば湧き水のようにでてくる涙のせいで目の回りがヒリヒリするが、私は気にせず目元を拭った。どうして私や同僚がこんな目に遭わなくてはいけないのか。今まで恐怖の対象でしかなかったストーカー相手に腹が立ってきて、侵食するかのように恐怖が憎しみへと変わっていく。……許さない。殺してやる。この手で、絶対。

そう思い自然と足取りがはっきりしてきた頃には家の目の前である。私は鍵を開けて中へ入った。


「おかえり、ナマエ。待ってたよ」


どこか聞き覚えのある声だった。再び恐怖が舞い戻ってきそうになったが、下唇をぐっと噛んで堪える。私は、こいつを殺すのだ。いつもなら並べる筈の靴を乱雑に脱ぎ捨てて、聞こえた声のほうに顔を上げた。黒い髪で額を隠すように巻かれた真っ白な包帯、特徴的なピアス。ああ、どうりで聞き覚えのある声なはずだ。彼の好青年のような笑顔は、吐き気がするほど、気持ちの悪いものだった。

殺されてください。
どうか、わたしに。

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