50000 | ナノ


可愛い“おれ”はシャルナーク。くりっとした大きな瞳で見つめ、それを弧を描くようににっこりと笑って吐くのは甘い甘い甘えた言葉。襲うなんて絶対にやらないよ。だってオレには守ってやりたくなるような可愛さが必要なのだ。
性悪な“オレ”もシャルナーク。くりっとした大きな瞳で見つめ、それを薄らと細めながら笑って吐くのは怖い恐い脅しの言葉。優しい言葉なんて絶対にあげないよ。だってオレは幻影旅団の団員なのだ。


「よくまぁ、疲れないな」


二つのシャルナークを器用に演じるオレに仕事を持ちかけるため家へ来ていた団長、クロロは言った。バカいうなよ、すごく疲れるに決まっている。
でも――


「疲れてでもやらないと、ナマエ怖がっちゃうし」
「軽い男性恐怖症だったか?」
「そ」


残念なことにオレの想い人は男性恐怖症だった。そこまでひどいものではないが見た目が男らしい人は苦手だし、そういう人に触られると怖いらしい。自分に恋愛的意味の好意を持って近づく野郎なんか以ての外だ。ただ、中性的な見た目で自分よりも年下、例えばオレのような男なら性格にもよるが大丈夫なんだと。だからオレはこの外見を最大限に活かして彼女にアピールしているわけだが、当然狙ってますというオーラをありありと見せればその時点でアウトなため、まるで親切心からの行動、恋愛的要素皆無だと思わせる行動を取っていた。まあ、そのせいで全然、これっぽっちも、進展がない。


「泣けるな」
「え?オレが健気すぎて?」
「……蜘蛛の参謀がこんなんで、の間違いだ」


こんなんで、ってのが何を言いたいのか訊いてもいいところだが、わざわざ訊かずとも言いたいことはわかってる。失礼しちゃうよね、まったく。クロロはいつ入れたのか、コーヒーを手にしながらオレの周りに散らかっている資料を手に取った。オレが見慣れているカップを使って、オレのお気に入りのコーヒーを飲んでいることがあまりにも自然すぎる動作のせいでここは果たして本当にオレの家だっただろうかという錯覚に陥る。どうせならオレの分も入れてくれればいいのに。


「これは先週言ってたやつか?」
「うん。丁度昨日の夜調べ終えたんだよね」
「連絡を入れれば昨日来たってのに」
「どうせ今日来るってわかってたんだから入れる必要ないでしょ」


オレはカタカタとタイピングする手を止めずに答えた。現在進行形で調べているこれもクロロが持ってきた仕事の一つだ。気になったものをとことん欲しがるのがクロロだと知ってはいるがまずは調べ終わったものを奪って、それからオレに新しい仕事を持ってきてほしい。とりあえず詳しく調べてみてくれと毎回投げやりにいくつも頼まれていたら厄介なものが被ったとき本気で死ぬ。こないだなんか一週間くらい徹夜した気がする。

そんな苦い記憶を思い出していると玄関に見知った気配を感じた。


「ん?誰か来たみたいだな」
「……うん、そうみたい」
「……ああ、そういうことか」


クロロは何を察したのか、必要な資料だけまとめ、飲みかけのコーヒーが入ったカップをオレの仕事机に置いた。いや、たしかにオレの分も入れてくれればっては思ったけどこれ飲まないから片付けてよね。そんなことを考えながらじとりと視線を向けたが、クロロはこのことも察しているくせに気付いてないといった顔で玄関へと向かう。チャイムが鳴ったのはそれと同時だった。やばい、このままではクロロと鉢合わせてしまう。オレは仕事を投げ出して椅子が倒れる勢いで立ち上がった。


「ちょ、ちょ、ちょっと!オレが!先に出るから!」
「なんだ、シャル。別にオレは客を出迎えようとして玄関に向かってるわけじゃないぞ?そろそろ出て行こうかとしたら偶然シャルのところに客が来ただけだろう」
「クロロの場合そこまで考えてる時点でぜんっぜん偶然じゃないっての!」


ドタバタと音を立てながらお互い譲らず、玄関へと向かう足が段々と速くなる。結局、レバータイプのドアノブを先に掴んだのはオレだった。今自分の手の中に納まっているというのを確認させるかのようにひんやりとしたそれに安堵する。後ろではクロロが客を送り出す態度じゃないなと溜息を吐きながら言ったが寝言か何かだろう。立って寝るなんて器用なことできるなんてさすが団長だね!オレには到底真似できないや!


「……何か失礼なことを考えなかったか今」
「扉開けるからクロロそこ邪魔ー」


内開きの扉を開けたとき玄関前に立っている人物から見えない位置のところへとクロロを退かす。まるで腑に落ちないと言っているかのような顔をしている気がしたがオレは何もかも総スルーで対応した。邪魔なのは嘘じゃないし。「今開けるね!」と少し大きな声を出して扉一枚挟んだ向こう側にいる人物に声を掛ければ可愛らしい声が返事をする。オレはそれを合図かのようにゆっくりと扉を開けた。
立っていたのはいつもと同じように可愛らしいオレの想い人、ナマエだった。手に持っている皿には美味しそうなロールキャベツが盛られている。それを見てオレは、そういえば今日はまだ何も食べてなかったなと思い出したが、残念にも思い出す時間が遅すぎたようだ。すでに今日の半分以上は終わっており、夕方の六時を時計は指している。ほぼ一日ぶりに食べ物を目にしたオレの身体は音を出すという行為でオレに空腹を知らせた。


「……あー、っと」
「あはは、シャルくんすっごいお腹空いてたんだね!ナイスタイミング、だったかな?」


可笑しそうに笑うナマエに、恥ずかしすぎて顔が火照るのを感じる。しかも扉を開けた体勢のまま俯いているとオレの後ろから「くっくっくっ」と抑え気味の笑い声が小さく聞こえた。ああ、もう!穴があったら入りたい!クロロのやつはむしろ埋めてやる!そんなことを考えていたのがバレたのか、それともこの不機嫌そうなオーラを見て察したのか「そう怒るなよ」とクロロがオレの肩を叩きながら扉の裏から出てきた。まさかオレ以外の誰かがいると思っていなかっただろうナマエはびくりと肩を揺らしさらに男だと確認してから、一歩、後ずさる。……ナマエには絶対言えないけど、オレに対してこんな態度は絶対しないからちょっとだけ、優越感を抱いてしまった。ここでにやけたら負けだぞシャルナーク!


「……え、っと?」
「こんばんは、ナマエ」
「こ、こんばんは」


いやいやいやいや、なんでまるで知り合いかのように接するわけ?ていうかなんでクロロがナマエを呼び捨てにしてるわけ?驚くほど自然に呼び捨てにしたクロロに思わず殺意が湧いた。しかしナマエのどうすればいいのかと助けを求めるような視線がオレに向いていて、その可愛さというか、頼られてるんだなっていう嬉しさが簡単に殺意を相殺する。ちょろいとかいうな。


「ナマエ、この人はおれの仕事仲間!」
「あ、ああ。そうだったんだ。じゃあお仕事の邪魔しちゃったかな?」
「んーん!なんか仕事がまだ溜まってるたしくて今から急いで帰るんだって!だから大丈夫!」
「オレはそんなこと――」
「じゃあねクロロ!早く帰らないと次の仕事に進めないよ!」


そう、早く帰らなければオレはクロロに頼まれたものを一切調べない。つまりクロロは盗みができないのだ。クロロはしっかりとオレの言葉を読み取ってくれたらしく「……たしかにそうだな。早く帰ろう」と言ってエレベーターのほうへと消えていった。その姿をオレと一緒に見届けたナマエはわかりやすいほど安心していて、警戒のけの字もない無防備な表情をしている。……なんていうか、オレの前だけでそんな顔されたら期待しちゃうんだよね。そういう意味じゃないってわかってるけど、やめてほしい。


「ね、ナマエはもうご飯食べたの?」
「え、いや、まだ食べてないよ!温かいほうが美味しいから先にシャルくんに持ってきたの」
「そうなんだ、ありがと!おれね、ロールキャベツ大好き!でも一人で食べるより誰かと食べるほうが絶対美味しいと思うから、ナマエも一緒に食べよ?」
「……じゃあ、お言葉に甘えてそうしようかな」
「やったぁ!」


自分でも鳥肌が立ちそうになる話し方だ。精神年齢というか、頭脳年齢というか、十歳以上若返ったように感じるが、若返ったというよりは単にバカになっただけに違いない。それでもナマエが心を許してくれる唯一の男に――ナマエはオレのことを男というより弟として見てるが――なれるのならば恥を忍んでやってのけよう。うわっオレってほんと健気。オレは自身の頑張りを心の中で褒めているとふと視線を感じてナマエから目を離した。この階に今誰もいないはずである。しかしまあ、なんということでしょう。思わずピシリと固まる。そりゃそうだ。なんてったって、もうとっくにいなくなったと思っていたクロロが絶状態でにやにやしながらこっちを眺めているんだから!!

ええい、ままよ!
この日からオレは一ヶ月間ストライキを起こすことにした。

リクエスト内容:ネタ置き場『どなた様でしょうか?』
猫被りのかわいこぶりっこシャルナークのお話でした。一緒に食べよ?とかシャルナークに可愛く言われて内心たじたじな主人公ですがここはあえてシャルナーク視点。シャルナークの恋が叶う日は来るのか!?クロロがこの後どうなったのかはシャルナークしか知りません。

▼お返事
お祝いの言葉、そして応援の言葉、ありがとうございます。今後も更新頑張りたいと思いますので見守っていただければ嬉しいです!

ふぅこ様、リクエストありがとうございました!

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