50000 | ナノ


得体の知れぬ雰囲気を纏った家主の男は鼻唄混じりに料理をしていた。


「やあ」
「……ごきげんよう、ヒソカ」


ヒソカはここの家主であるナマエにゆっくりと歩み寄り、声を掛けた。ナマエは作業を止めてヒソカを確認すると一度にこりと笑って挨拶をし、再び作業へと戻る。気紛れにやってくるヒソカに慣れしまったナマエは『何か用でも?』と聞くことはない。聞いたところで『なんとなく寄ってみただけ』と返ってくるのがわかっているからだ。だからナマエは基本的に自分からヒソカに話し掛けることはなく、ヒソカが話題を振ればそれに乗っかっていた。


「今日も相変わらず美味しそうだね」
「ありがとう。そういうキミもとっても美味しそうだよ」


ヒソカはナマエを果実と認識している。稀にみるもう少しで熟す果実だ。熟したときに戦うのはさぞ楽しいことだろう。今の状態でも楽しめそうなナマエをヒソカはついつい味見をしたくなる。ちなみにヒソカのことを変人だの変態だの言う人が多いがナマエはヒソカが常々口にする『美味しそう』や『青い果実』が理解できるし、ナマエもまた、ヒソカを美味しそうだと考えているため変人、変態ということに頷くことはできなかった。といっても、その言葉の意味することは二人とも全く違う。それを知るのはヒソカだけである。


「ヒソカ、ちょっとだけ味見させてよ」
「それならボクも味見させてほしいよ」
「あ、それは無理。オレ痛いの嫌いだし食べる専門だから」
「理不尽だなぁ」


理不尽かなぁ?とオウム返しをするナマエは慣れた手つきで分厚い肉に手入れのされた刃を通す。ヒソカと比べ細い腕に力を入れた様子はなく、気持ちの良いほどあっさりと切れた。ナマエはヒソカの分まで用意することはないし、それをヒソカは知っている。だからこそ、その量が一人分の朝食にしては多いような気がしてヒソカは何かあるのかと訊ねた。「もう一人、いるんだ」とナマエは包丁で自身の後ろを指し、ヒソカは誰のことだと隠れている相手を覗いた。


「…………ん、んん!?んー!」


パチリ、と開かれた瞳。どうやら今目が覚めたらしくそれに気付いたナマエは「ナイスタイミングだねぇ」と楽しそうに包丁を回した。女は状況が把握できないのか、キョロキョロと辺りを見回した。そしてナマエの顔を見た瞬間、何かを思い出したのか小刻みに震える。ヒソカに助けを求めたのか単に叫ぼうとしたのかはわからないが残念なことに綺麗にぴったりと縫われた女の口は言葉を話すことさえできない。


「ナマエって料理と包丁捌き以外にも得意なのあったんだ」
「綺麗に縫えてるだろ?」
「うん、惚れ惚れするくらい綺麗だ。それにしてもキミが生かしておくなんて珍しいね」
「オレは無駄な殺生はしないからな。自分が食べる分しか捕らない主義なんだ」
「へぇ……じゃあコレはどうするの?今日の分は今調理してるんだろう?」
「ああ、彼女は明日の分でね。鮮度を保ちたいから生かしたままさ」


ツツツ、と包丁の先が女の輪郭をなぞる。女の恐怖に染まった顔はヒソカを興奮させた。ナマエは一度食料と思った人物に興奮する悪趣味――人を食べることが悪趣味だとはこれっぽっちも思っていない――はないため、気持ちの悪いオーラを発するヒソカに白い目を向け、それから思い出したかのように声を上げた。


「ああ、そうだ」
「どうかしたかい?」
「彼女のことでちょっと思い出したんだけど」


包丁をまな板の上に置いて座り込んでいる女に向き合うと、女は壁でそれ以上は奥へ行けないというのに必死に足をばたつかせた。まるで子供のような意味のない抵抗がナマエには可愛らしく見えて、つい目を細めて笑いそうになる。

ナマエが女をここに置いている理由はすでにただの肉へと化してしまっている材料を殺す場面を見られてしまったからだった。


「オレのこと化け物だってさ。可笑しいこと言うよね、オレの生活は一般人のそれと変わらないっていうのにね。きっと彼女は今まで本当の化け物を見たことがなかったから、ちょっと偏食のオレに驚いただけに違いない。ね、そうだろう?」


一般人は普通人なんて食わないだろうとヒソカは思ったが口に出すのはやめておいた。ナマエは反応のない女の頬を掴み、ギリギリと締め付けるように力を入れる。痛みからか恐怖からか、女はボロボロと涙を溢し振り千切れんばかりに首を上下させて話せない口で 「……ん、んんっ!」と必死に伝えた。


「うん、良い子だ」
「……ね、ナマエ。無理矢理に見えるのはボクだけかな」
「ちなみにキミのいう化け物っていうのはオレじゃなくてそこに立ってる彼のような人を言うんだ」
「……それってボクに失礼じゃない?」
「だって本当のことじゃないか」


クスクスと品が良さそうに笑うナマエのエプロンは真っ赤な血で染まっているが、顔だけ見れば誰も食人鬼だとは思うまい。今はもう恐怖でしかない女も違う場面でナマエと出会っていればきっと見惚れていただろう。ナマエはただただ優しく、まるでペットのようにそっと女の頭を撫でた。


「声が出せなくて不安だろう?安心して、後でちゃんと抜糸してあげるよ」


女はそれが何を意味するのかわからない。どうせ殺されるのだ、叫べるようになったところでこの男からすればデメリットしか生まないのではないのか。と絶望して冷静になり始めた頭で考えていた。ヒソカはその光景を見ながらニコニコと笑って口を出さない。抜糸をすることの意味が女とは違い、わかっているからだ。縫われて血が滲む唇をなぞり、今度こそナマエは女に向かって笑いかける。


「オレね、悲鳴を奏でた後の舌がとーっても美味しくて、大好きなんだ」


おててをあわせて「いただきます」

リクエスト内容:ネタ置き場『食人鬼呼びされてた』(男主ver)
ネタ置き場の女主のほうは喋り方が拙い感じなので男主になって雰囲気が結構変わってくるかなぁ、と思ったんですが、世間知らずというか常識がないというか、そういうとこは全く同じに書かせてもらいました。

匿名様、リクエストありがとうございました!

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