50000 | ナノ


私はこの街で四番目に大きいと称される微妙な立ち位置の図書館で司書として働いている。もうここまでくると大きいとも言えない普通の図書館だが。でもまぁ、大きさより質が大事だと思うし、ここは他の図書館と比べて一般的な内容の本以外にもマニアックなものが多く、その中身はかなり私好みである。置かれている本がマニアックなせいか、やってくる人もかなり癖のある人が強い。……私以外の司書も然り。まるで私だけはどこもおかしくないと保身をはかっているのように思われるかもしれないが、本当に私には宗教じみたところなんてないし、二重人格なんかでもない。変な趣味も性癖もない。どこにでもいる普通の人なのだ。でも、そんな私にも人とは違う点が一つだけある。それは変な人に好かれるというちょっとおかしな体質を持っている点だった。

ここ最近、この街の美術館や博物館、資産家の家なんかが盗賊に襲われている。同一の集団ではないかとニュースはその話で持ち切りだ。つい三日前もとある美術館が襲われて、その夜警備にあたっていた人達は全員殺されていただとか。正直、そんな話ばかりになると怖くておちおち美術館や博物館なんかに行けなくなってしまう。そしてそれは図書館も例外ではなかった。すでに街一番の図書館は襲われていた。裏では次に狙われるのはきっと二番目に大きい図書館ではないかと噂されているが今のところ被害も怪しい人物もないらしい。街で四番目のこの図書館はまだ安心していても大丈夫な気がするが、まるでこの事件で野次馬が増えるのと比例するように、ここを利用する変な人達が増えていた。


「よぉ!ナマエ!」


ほら、また来た。連続強盗事件が始まってから来るようになったこの人も野次馬でやってきたうちの一人だろう。人を見た目で判断してはいけないと小学生の頃に学校の先生に教わったが、これほどまでに図書館が似合わない人はいないと思うし、この人本当に本を読むのか?といつ見ても首を傾げたくなる。そんな彼に対していつ覚えられたのかわからない名前を呼ばれた私は「館内ではお静かにお願いします」と冷静に返事をした。


「相変わらずつれねぇなあ」
「……親しくする必要もないので」
「お、照れ隠しか?」
「違います」
「ガハハ!強気なのも嫌いじゃねぇぜ!」


勘違いもいいところだ。声のボリュームを下げてくれと言ったにも関わらず噛み合わない返事が返ってきたし、やはりボリュームも下がっていない。しかも最後の言葉はさらに一段と大きくなった。そのせいで所々から咳払いなんかが聞こえてくるが原因であるはずの本人は気付いた様子を一ミリも見せていない。そういうのに鈍いのか、大雑把だから気にしていないのか、彼のことはよくわからないので真相は謎だが、笑っている途中で思い出したかのように本を差し出す彼には天然という要素を付け足したがいいような気もした。本来ここは図書館なので本がメインなのは当然なはずなのに彼は毎回私に会うついでのように本を思い出しては差し出してくる。まさかそれの口実に本を借りているのではあるまいと思ってしまいそうになるが彼の借りていく本はマニアックな本を置いているこの図書館でさえマイナーな本だ。しかし実はほとんどが希少価値の高い本だったりするので、彼の目利きが悪くないことを何度も確認させられた。


「……これ、昨日借りていった本ですけど、読むの早いんですね」
「ん?ああ、寝るのをやめて本を読むような奴だからな」
「やつ……?」
「ところでナマエよぉ、ここの図書館は毎日空いてんのか?」


癪だが少し気になった質問を投げ掛けてみればさらりと返されさらりと話を変えられてしまった。うん…言いたいことは他にあるがとりあえずここは抑えて司書らしく「第二、第四木曜日が休館日です」と対応する。ムカついてなんか!ないんだから!


「てことは…明々後日か」


ぼそりと何か呟いたようだがその言葉は私の耳に届くことはなかった。彼は「ありがとな」と例を言うといつも通り新しく借りる本を探しに本棚へと消えていってしまった。


*


「こんにちは」


頭上から降ってきた声に私は仕事をしている手を止めて立ち上がった。こんにちは、と笑顔を向けようとして固まる。うっわ、なんだこの綺麗な子。この図書館で近年稀に見るまともそうな青年の姿を見て思わずそう言いそうになった。


「こんにちは。ご用件はなんでしょうか?」
「この街にあるって聞いて、とある本を探してるんだけど、中々見つからなからないんだ。ここ、結構マニアックな本も揃ってるみたいだからもしかしたらあるんじゃないかと思ってさ」
「本のタイトルはわかりますか?わからなくても中身や特徴など言っていただけたらお探ししますが……」
「ああ、よかった。表紙の色とか特徴ならわかるんだ。ただ正式名が詳しくわからなくて困ってたんだよね」


安心するように笑う青年はやはりまともな人に見える。が、困ってたんだよね、の後に続いた「紫黒色(しこくしょく)で読んだ人の心を閉じ込めると言われている曰く付きの本なんだけど……」という言葉にやはりここへマニアックな本を求めてくる人にまともな人はいないんだと思った。……そんな物騒な本、当然、知っている。ひくりと引き攣りそうになる口角をなんとか我慢する私には「ああ、たしか中身は男の日記のようなものだったかな」なんて言葉はほとんど聞こえなかった。しかし私は司書である。しっかりと仕事をしなければならない。私は無理矢理笑顔を貼り付けた。


「その本でしたら確かにここの図書館に存在しますが、厳重保管されているため読むことはできません」


そう、あるけど読むことはできない。その本は司書の私達でさえ触ることは許されていないし、館長も基本的に触ろうとしない。ひっそりと、まるで隔離するかのように金庫へ保管されているのだ。青年はそれを聞くとにこりと笑い、中々見つからないと言っていたわりには聞き分けがよすぎてこちらが拍子抜けしてしまうほどにあっさり了承してくれた。そのとき、自動ドアが開く音が聞こえ、つい視線をそちらに向ければいつもの彼の姿が目に入る。今は別の人と話しているからさすがに彼が話しかけてくることはないだろうと考えたが、そうはいかないらしい。私達の姿を見つけた彼は『お!』っというような表情をしてこちらへ向かってきた。


「クロロ!なんだ、本も姿もねぇと思ったらこんなとこにいたのか」
「ああ。丁度退屈してたし、確認がてらな」


類は友を呼ぶらしい。親しげな二人を目の前に、私はその言葉が脳裏をよぎった。なんの確認なのかはわからないが、私の顔をじぃっと見つつ微笑む姿にあまりいい予感はできない。もしかすると彼がこの青年に変なことを吹き込んだかもしれないからである。ただ微笑まれるのが耐えられなかった私はそれに対抗して微笑んで「ごゆっくりどうぞ」とだけ言って仕事に戻った。

この後、ずっと姿を見せていなかった青年はてっきり帰ったかと思っていたがまるで山のように積まれた本を閉館ギリギリまで読んでいたことに気付き、驚かされたのは言うまでもない。


*


休館日の木曜日が終わり、出勤一時間前になって電話が鳴った。画面に表示されているのは知らない番号で、こんな時間に誰だと電話に出ればここ一、二週間ほど聞きなれていた声が向こう側から聞こえる。


『よぉ!』
「……」
『ん?おい、シャル。この番号ほんとにナマエので合ってんのか?』
『合ってるよ。オレが調べたんだから当然でしょ』
『返事が全然ねぇぞ』
『寝惚けてるんじゃない?』


私の間違いでなければあの彼とシャルという名前の男が意味のわからない会話をしている。調べただのなんだの、もうこの際電話番号を知っている理由はスルーしよう。


「……あの、」
『お!ナマエ!目ぇ覚めたか?』
「いや、起きてはいたんですけど、えーっと?」
『そーかそーか!』


酒でも入っているんだろうか。いつも以上に大きな声にキーンと耳鳴りがなる。「もう少し、声を落としてもらえませんか」と言おうとしても彼はその大きな声を止めることなく、私の言葉に耳を傾けずに好き勝手話していた。もう諦めようと少し耳を電話から離し、彼の話を半分聞き流しながら聞いていると唐突に『またいつか会いに行くぜ!』と言われた。ん?と思ったのも束の間、彼はいつも図書館を出て行くときに言うように『じゃあな!』と言って電話を切ってしまった。驚きのあまり「ウボォーギンさん!?」と初めて彼の名前を呼んだものの、既に切られてしまった電話では呼び止めることもできない。結局なんだったんだと溜息を溢しながら電話を置けば、もう一度、電話が鳴った。ビクリと肩が震えたが私は何故か少しだけ期待して電話を手に取る。しかし画面に表示されているのは館長の名前だった。


「はい」
『もしもし!?今すぐテレビを見てくれ!』


焦ったように話す館長に誰も見ていないというのに首を傾げてしまう。疑問に思いつつも言われるがままテレビをつければよく見慣れている図書館がテレビに映っていた。“今回の狙いは曰く付きの本!?”と表示されたテロップ。それを見て例の盗賊に盗まれたんだなと理解したが、悲しいことに休館日に勤務していた一人の警備員は殺されてしまったらしい。「うわ……」と声が漏れたのが聞こえたのか、館長は気を利かせてくれ、今日は出勤しないでいいということと、この数日は開館できないからまた予定が決まり次第連絡すると言って電話を切った。

つい最近、曰く付きの本で青年と話したことを覚えているが、果たしてアレは関係あるんだろうか。彼……ウボォーギンさんが休館日を聞いてきたのは関係あるんだろうか。私の勘違いかもしれないが、狙ったかのように休館日を襲われているのはこの図書館だけなのだ。偶然という可能性だってある。だからこれはただの私の推測にすぎず、彼らが本当に盗賊なのかどうなのかなんて知る由もない。だけど、もしそうだとしたら休館日を狙った意味がなんとなく、わかる気がした。人を殺すような凶悪な人達かもしれないのに、ポンッと浮かぶのは彼の笑う姿。何故今それが出てくるんだと首をブンブンと振ってみたが消えることはなかったし、答えが出てくるわけもなかった。

静かな金曜日
大きな声で私を呼ぶあの声が今後聞こえてくることはないんだ思うと、少し寂しい気がした。

リクエスト内容:ウボォーギンに一目惚れされた女主
ウボォーが唐突に現れ唐突に去っていくお話でした。予想以上に長くなりすぎて私が一番驚いてます。というか一目惚れされたって感じの描写がなくてもはやこれはリクエストに答えた形になるのか……となりました。申し訳ないです。
ちなみにウボォーギンがどうやって本を選んでいたかというと、単にオーラが出てる本を選んでは借りていってただけです。読むのはクロロ。

匿名様、リクエストありがとうございました!

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